10章 マイナスな発表
第38話
「あの『エンゲジ』チームが送る最新作RPG『ヒロイックリメインズ』! 全国の名所とともに日本を救え!」
4月1日、「ヒロイックリメインズ」が発表になった。
様々なメディアを通して、ゲームのロゴやメインビジュアル、キャラのイラスト、オープニングの切り出し映像が公開された。
ちょうど公開日がエイプリルフールだったせいで、「ウソではありません」といちいちコメントをつけないといけなくなった。だが、エイプリフールネタにしてはお金のかかった発表だったので、それが逆に話題になった。
広報的に成功を収めたといえ、SNSで何度もトレンド入りした。
「エンゲージケージ」で一回新規イベントを落とすという失態があったが今も好調なこともあり、その会社の作った新作ということで、各所からの期待も大きかった。
文見たちノベルティアイテムの社員は、ようやくここまで漕ぎ着けたと胸を撫で下ろすことができた。
これで家族や友達に「ヒロイックリメインズ」に関わっているんだと自慢できる。
しかし、「ヒロイックリメインズ」の開発は順調とは決して言えなかった。
まず、社員としてはあの発表がエイプリルフールネタであって欲しかった。
もともと12月リリース予定だったのだが、その発表では7月リリースと書かれていた。皆、寝耳に水であった。
社長曰く、「各自治体、観光協会などとコラボするために夏休み前にリリース必要があった」とのこと。
社長も12月リリースを考えていたが、ゲーム関連メディアや広告代理店と話していて、もっと早くリリースすべきという結論に至ったようだ。社員にそれを伝えなかったのは、決めたのも発表ぎりぎりで伝える時間がなかったという。
こうしてプロジェクトは大規模なスケジュール変更、短縮を求められた。
「無理ですよ! 半年ですよ? 縮められるわけがありません!」
阿鼻叫喚だった。
当然どのパートも社長に文句を言った。
今回だけは、相手が社長だからと遠慮してはいられない。終わらないものは終わらないのだ。
「今、新プロジェクト発表と同時に大規模な人材募集をかけてるから、新たなメンバーと共に頑張ってほしい」
と社長は返答した。
確かにいろんなところに求人広告が出ていた。「ノベルティアイテム、新規タイトル『ヒロイックリメインズ』メンバー募集!」といった文言をSNSなどのサイトで見ることができた。
社長に「人が増えるのだからなんとかしてほしい」と頼まれたら、リーダーたちも引き下がるしかない。増員されたメンバーでどのように進めていくかを考えるのが仕事なのである。
幸い、現在稼働している「エンゲージケージ」は好調で、金銭面で人を雇えないということはない。一回新規イベントを落とすことはあったが、それ以降はなんとか通常運営に戻せていて、炎上も今では過去のこと。
実際、そのブランド効果もあって、応募もけっこうな数が来ているらしい。また、この4月に新入社員が10人も入社していて、ノベルティアイテムの順調さを示すものだった。
しかし、社員はこれまでのこともあって、だいぶ疲弊していた。
「エンゲージケージ」と「ヒロイックリメインズ」を兼任している久世はいつも死んだような顔をしていたし、木津は「ヒロイックリメインズ」の作業を切りあげ、「エンゲージケージ」チームに戻っていた。
忙しいことは人間にとって必ずしもいいことではなく、「エンゲージケージ」チームに不幸なことが訪れる。
ついに会社をやめる人が現れたのである。
先輩社員の高山が文見の席に、退社の挨拶に来ていた。
入社時にOJTでいろいろと世話をしてくれた人で、文見がこうして立派に独り立ちして仕事ができるのも、彼のおかげである。
「高山さん、ほんとにやめちゃうんですか……?」
「こんな時期にすまんね。親父が田舎で小さいお店やってて、手伝うことになったんだ」
「ご実家に戻られるんですね」
「ほんとは最後まで見届けたかったんだけどな……」
実家に戻ることだけが退社の理由でないことは、みんな知っていた。
高山は「ヒロイックリメインズ」の戦闘班だったが、生駒とたびたび衝突し、精神を病んでしまったのか、この二ヶ月、会社を休んでいたのだ。
仕事への復帰が難しいのか、この会社に愛想を尽かしてしまったのかは分からないが、早々に退社を決めてしまった。
これから復帰しても地獄しなかないので、彼のことを考えればやめたほうがいいと誰もが理解を示した。何より、戦闘班リーダーである生駒がちゃんとケアしてくれるとも思えない。
「シナリオ、期待してるよ。リリースされたらやるわ」
「ほんとですか!? ありがとうございます!」
社交辞令かもしれないが、お世話になった先輩に言ってもらえて文見は嬉しかった。
でも同時に悲しさを感じる。この先輩と何年も何十年も一緒に仕事をすると思っていたのに、数年の付き合いになってしまった。
「体には気を付けてな。あと心は若いとか全然関係なく、急に来るから」
高山はあっさり言ってのけたが、それは重い言葉だった。
この仕事でのストレスは文見も重々承知している。
同業他社で、ブラックな体質に押し潰されて休職した人の話をたくさん聞いたことがある。ノベルティアイテムはほとんど中途社員で構成されているので、以前は別の会社にいた人ばかり。ブラックな体験エピソードには事欠かない。
何人社員を潰したかを勲章のように自慢する人がいる、と聞いたときには耳を疑ったものである。
そして、不幸は続く。
一人離脱したという事実は社員の心に動揺を与えていたのだろう。また一人また一人と社員がやめていった。
気付けばプロジェクトメンバーの半分が新しい顔になっている。
シナリオ班にもヘルプが二人追加されていた。派遣社員だったが、ゲーム会社で働いた経験はないという。
「小椋さん、仕事間に合うんですかね……」
会議室でシナリオ班のミーティングをしていたが、退出際に門真がつぶやいた。
言わんとすることは分かる。
シナリオ班に人が増えたのはいいが、物量が多すぎて納期までに作り切れそうになかったのだ。
しかも追加メンバーにスクリプター経験者を期待したのだが、配属されたのは完全な素人。仕事をゼロから教えてないといけないので、どうしても自分の手が止まってしまい、効率が出なかった。
「厳しいけどなんとかなるよ」
文見ももはやれっきとしたリーダー。ネガティブなことは絶対に言えない。
気休めの発言だが、二年目社員となった門真はものすごく頼もしく感じる。こうして嘆いてはいるが、ノルマを終わらせようと毎日頑張っていた。
「リリースまでに必要な量は絞ったし、この人数なら計算上は終わる。遅くとも6月末には一通り作りきりたいね。でもかなり厳しいから、もう一人入れてもらえないか、社長に打診してみるよ」
「お願いします。ちょっと不安で……」
「うん、何とかする」
そうは言ったものの、人数を増やす以外の手段が思いつかなかった。
社長は文見の主張を受け入れ、すぐに新たな人材を手配してくれた。この柔軟性と即決力は、会社として上司としてとても頼もしいことだった。
だが文見も不安で仕方がなかった。
この状況はよく知っていたからだ。
去年、同期の佐々里が愚痴っていたこと、そのものが起きている。
ガチャの収益で会社のお金は潤沢にあるので、たくさん人を雇い入れる。だがその人材を有効活用できるかは別の話なのだ。活かせなければやめていき、人材がさらに流出していくことになる。
当の佐々里は転職活動が難航していて、まだ同じ会社にいるようだった。さすがに一度転職しているため、慎重になっているという。
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