第37話

「小椋さん、やばいことなってますよ……」

「ん? どうしたの?」

「これ見てください」


 門真が自分のモニターを指さす。

 文見は立ち上がって、横の門真席をのぞき込む。


「なにこれ……?」


 仕事の相談かと思ったら、モニターには匿名掲示板の書き込みが表示されている。

 そこには「エンゲジ終了のお知らせ」と書いてあった。


「『エンゲジ』、炎上してますよ」

「なんで? どういうこと……?」


 ノベルティアイテムの主力ゲーム「エンゲージケージ」がサービス終了するという話は聞いていない。

 売り上げは好調で、先週もランキング上位を維持していると報告があった。さすがにサービス終了となれば、全社員が知っているはずだ。


「新規イベント、間に合わなかったらしいです」

「うそ……」


 「エンゲージケージ」は毎月、新イベントか新キャラが追加されていることになっていた。交互に新要素を追加することでユーザーを飽きさせないようにし、課金を継続してもらえるにする施策だ。


「告知していた日に間に合わなくて、昔のイベントをそのまま出したらしいんです」

「聞いてないんだけど……」


 文見が「ヒロイックリメインズ」チームに移ってから、「エンゲージケージ」の進捗会には参加していないので、あまり情報が入らなくなっていた。

 だが社員は皆同じフロアにいるので、何かあれば情報が入ってくるはずだ。

 そう、会社一のおしゃべりは「エンゲージケージ」のプログラマー。そんな大事件があれば、久世が教えてくれるはずだった。


「何かあったのかな……。そういえば、社長は特に忙しそうにしてたな……。チェック出したのにまだ返ってきてないのあるよね?」

「はい、社長に10件ぐらい出してますが、3件完全に放置されてます」

「んー、んんんん……。どうしたんだろ……」


 これまで新規イベントが間に合わなかったことはない。厳しいときはあったが、休日返上で働きなんとかしてきた。文見も何度か経験している。


「ネットではそんなに大ごとになってるの? 終了っておおげさな……」

「新イベ告知してたのに、いきなり過去イベですからね。ユーザー怒ってますよ」

「それはそうだけどさあ」

「かなりの異常ですよ? そんなことするゲーム、他にないので」


 門真は強い口調で言う。


「ノベ内部で何かが起きたんじゃないかって話題です。単純に間に合わなくなったのか、トラブルが起きたのか、それとも何かの理由でエンゲジをサ終しようと思ったのか」


 サ終とはサービス終了の略である。ある日を境に、そのゲームがもう遊べなくなってしまう。


「新規イベしかやらなかったゲームが、過去イベを復刻するのって、サービスを畳みたい意図が運営にあるものなので、それも影響してるんじゃないかと」

「そうなんだ……」


 会社として「エンゲジ」の開発を打ち切ることは考えられない。サービスを三年以上続けているが、まだまだ順調過ぎるくらいのタイトルで、毎月何億もの利益を上げているのだ。


「ライセンスの問題、サーバーレンタル期間が終わる、世に出てたらやばい表現があった、とか書いてありますね」

「いやいや、やばいことなんてないって……」


 ぎりぎり攻めた性的な表現はあったが、怒られたら差し替えればいいだけどの話だ。

 これまで必ず間に合わせていた新規イベントを落としていた原因が思いつかなかった。


「やっぱ単純に間に合ってないんですかね? 『ヒロクリ』に人を割いたのがマズかったとか。けっこう借り出されてるそうですし」

「借り出し?」

「『エンゲジ』チームの人、『エンゲジ』やりながら『ヒロクリ』手伝ってるみたいですよ」

「掛け持ちなんだ!?」


 「エンゲージケージ」と「ヒロイックリメインズ」ではチームが分かれ、席も離れている。だが「エンゲージケージ」チームは「ヒロイックリメインズ」も手伝っているという。


「知らなかった……。久世が忙しそうにしてたのもそれだったんだ」


 自分のシナリオパートが忙しすぎて、他のパートの事情をあまり把握していなかった。

 いつもは久世から毎日のようにメッセージが来るのに、しばらく連絡がなかった理由は仕事がひどく忙しいからのようだ。


「やばいっすね。『ヒロクリ』もだいぶ遅れてるし、『エンゲジ』にも影響が出てるんじゃ……」

「うーん……」


 これは完全に社内で仕事が回っていないということだった。

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