第35話

 あるとき、久世から社内チャットでメッセージが送られてきた。

 脚本をばりばり書いているところだったので無視しようと思ったが、連投がわずらわしいので確認することにする。

 声優決まったって!

 有名声優入れまくり!

 サブキャラは声優事務所と組んで、全部そこの声優入れるんだと!

 社長が決めてきたらしい!


「え、声優……。聞いてないんだけど……」


 キャラ設定資料にどんなキャラなのか、他ゲームやアニメキャラで言うと誰が近いのかは書いていた。しかし、それも数ヶ月前の話。実際に誰を声優するかの希望は聞かれていなかったし、社長が声優事務所に相談して決めているとも聞かされていなかった。

 久世からメインキャラの声優リストが送られてくる。

 なぜ文見よりも情報が早いのか謎である。社長や社長に近しい人物とすごく仲がいいのかもしれない。


「んー……。ど、どういうこと……。ちょっと言っておくかな」


 今や一人とはいえ、部下を持つシナリオ班のリーダー。声優はシナリオ班に大きく関わる。社長の行動に異議を唱えるかは置いといて、確認する権利ぐらいはあるはずだ。

 声優が決まったみたいな噂を聞いたんですが……。

 と、社長にメッセージを送るとすぐに返ってきた。

 希望だけ出しておいたんだけど、まさか通ると思わなかった。


「あくまでもこれは仮で、本決まりじゃないから言わなかったってこと……? いやいや、事務所確認する前に、私に何かあってもよかったと思うけど……」


 文見の反論を察したのか、続いてメッセージが来る。

 忙しいと思って言わなかった。すまん。


「そんなところで気を遣われてもなあ……。声優ってめっちゃ重要じゃん……。でも……社長は本気なんだな。声優にそんなお金かけるなんて」


 ラフとはいえ、社長に謝れると何も言えなくなる。

 のけ者にされた感じはあったが、豪華声優が起用されるのはシナリオライターとして嬉しいものだ。もしかしたら、声優に会えるかもしれないし、演技を生で見られるかもしれない。

 それを考えたら、社長の連絡ミスなんてどうでもいいと思えてきた。社長がゲームを売れるよう、いろいろ尽くしてくれるのは単純に社員にとって喜ばしいことだ。

 先に声をかけてくれないのは、下っ端なんだからしょうがないと思うしかない。


「声優決まったんだって。超豪華声優だよ!」


 文見はシナリオ班唯一の部下、隣席の門真に言うことにした。


「え? 誰ですか? 井塚由羽花は嫌ですよ。あの人は売れてるけど、ファンへの媚びがひどいので」

「いや、その人はいないと思うから大丈夫だけど」


 いきなりネガティブ。

 門真は声優にかなり詳しい。文見の100倍ぐらい知ってる。

 その声優はこのプロジェクトのためアニメを研究していたときに、何度か名前を見かけたことがある。アイドル声優に分類される可愛らしい声優だった。


「よかったー。いたらアンチが絡んできて大変でしたよ。ゲームのイメージが悪くなりますね」

「そ、そうなんだ……?」

「で、誰になったんです? リスト見せてもらえませんか?」

「あ、うん。正式かは分からないけど送るね」


 なかなか食いついてくるので、社内で声優選定会議などがあったら面倒だったかもしれないと思ってしまう。絶対、みんな面倒なことを言ってくる。

 文見も声優が詳しいわけでもないし、このキャラはこの声優でないといけないという強い主張があるわけでない。本件は社長が決めてくれた、というのが一番いい落としどころだったのかもしれない。


「恥ずかしいこと言いたくないしなあ」

「何か言いました?」

「あ、ごめん。何でもない」


 自分の趣味を主張しすぎて、見苦しいことにならないでよかったと、文見は思った。

 門真に久世からもらった出所不明のリストを送ったあと、社長からメッセージが来た。


「ン!?」


 オープニングはアニメ会社に依頼する予定。今度意見聞かせて。

 社長は文見をスルーしたのを反省しているようで、今度は前もって教えておこうと思ったようだ。

 これはものすごく嬉しい話だった。

 オープニングといえば、ゲームの魅力を存分に伝えるため、ゲームに登場するキャラが動きまくって、かっこいいところ、かわいいところを主張しまくるものだ。広報的にも一番露出するもので、ゲームをやらない人でも見ることになる。


「いいことあったんですか?」


 にやけてだらしない顔になっているのを門真に見られてしまう。


「ううん。何でもないの! 大丈夫だいじょうぶ!」


 続けて社長から「まだ極秘で」とメッセージが来ていたので、文見は言いたくて仕方ないのを我慢した。


「あ、声優決まったのは内緒だよ。社外は絶対ダメだし、社内で話すのもやめといたほうがいいね」

「当たり前ですよ」


 そういうと門真は声優リストを食い入るように見つめる。

 声優、そしてアニメに関われるなんて、どんだけ素晴らしい役得なんだろうか。

 門真にはそう言ったが、一日中顔がにやけていて、全然大丈夫ではなかった。

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