9章 崩壊の序章

第34話

 時間はあっという間に過ぎていき、気付けばもう夏季休業も終わっていた。

 都内の実家に帰ることもなく、ぼうっと自宅で過ごしてしまった。

 お盆の時期はイベントがたくさんあり、コスプレの話題に事欠かない。また何かやろうかと思ったが、実行に移すほどの気力がなかったのだ。


「社会人はこうして趣味を失うんだな……。そういえば、お父さんは趣味なんだったんだろう?」


 夜遅くに帰ってきて、居間でゴロゴロし始め、いつの間にか寝てしまっている、というイメージしかなかった。休みの日もやはりゴロゴロしている。

 仕事がハードだとゴロゴロしたくなるのは非常によく分かるけれど、自分もやがてそうなるのかと思うと気が滅入る。

 実家に帰らなかったのにはもう一つ理由があった。

 いつ結婚するんだ?

 と両親に言われるのが嫌だったからだ。

 普段の電話やメールでも何度も言われている。いつもスルーしていたが、実家に帰ったら逃げられない。


「結婚とか言ってる場合じゃないよ……」


 相手もいないし、知り合う機会も、付き合う時間もない。今年は仕事が忙しくて、他のことにまったく気が回らなかった。


「この仕事終わったらコスプレやろ。……って、そりゃ死亡フラグか」


 文見のメインストーリー脚本はなんとか順調に進んでいる。

 門真のセンスは悪くないようで、従ってくれればなかなか良いシナリオを書いてくれた。

 シナリオ以外のパートの作業も、遅れを取り戻すように急ピッチで作業していた。

 そして、いよいよ待望のキャラデザインが上がってきた。

 木津がデザインしたものだ。グラフィッカーチーム内で揉まれて、各チームのリーダーが出席する会議に提出された。

 会議室には大きく印刷したデザイン画が所狭しと張り出されている。1キャラに対して数案デザインが出されていた。

 今日はユーザーの分身である主人公キャラ、ヒロインキャラ「メイ」、主人公が初めて手にする英結の「華厳(の滝)」、ヒロインの使う「姫路(城)」を決める。

 自分の考えたキャラが絵になるというのは夢のようだった。今日という日があるから頑張れたというのもある。

 だが文見は絵を見て驚愕した。


「え……。主人公キャラって男女選べるんですか……?」


 「主人公」と書かれたものには、髪の短い少年と長い少女があった。

 文見は当然、主人公は男だけだと思っていた。

 「エンゲージケージ」がそうだったし、ライバルキャラが美少女キャラで、ハーレム展開になると聞いていたからだ。


「え? 言わなかったっけ。女性ファンも取り込みたいから女も選べるようにしたって。だから、英結キャラもイケメン増やそうって言ったでしょ。最近、いろいろうるさいから、男女選べるようにしとかないとな」


 と社長の天ヶ瀬が言う。

 昨今、ゲームにも男女平等の考えが入り込むようになった。プレイヤーキャラは男女選べるようになっていけないとクレームが来る。衣装も男女で数が違うと不平等だと言われる。また、どっちが「男」でどっちが「女」というのも書かないようになっていた。ゲーム側で押し付けたりせず、ユーザーに選ばせるというのが大切なのだ。


「そうでしたっけ……」


 まるで記憶になかった。

 もしかすると、多忙のためチャットを見逃した可能性もある。グループチャットは自分に関係ない会話も流れるので、たまに見ないことがあるのだ。どうでもいいアニメの話など雑談が混じるのがよくない。

 どうして隣の席の木津にちゃんとリサーチしなかったんだろうかと悔やむ。確かに女性キャラを書いていたが、他のキャラだと思っていた。


(どうしよ、どうしよ……。男女で分岐作ってないよ? 語尾とか口調変えたほうがいいのかな。でもどうやってデータ持てばいい? やれたとして、二倍作るの? そもそもイベントの内容も男女で少し変えたほうがいい?)


 シナリオ班にとって主人公が男女両方いるというのは重大なことだった。

 主人公は男だと思っていたので、関わる英結は相手を男として対応している。男と男、男と女の会話になるから、話の内容がちょっと性的だったり恋愛絡みだったりすると成立しなくなるのだ。

 男女分けてストーリーを作成してもいいが、作る量が膨大に増えてしまう。対応できるかといえば、かなり苦しかった。

 木津がいろいろキャラデザインについて解説してくれるが、まったく頭に入ってこない。

 自分の作業も増えるし、男女で分けるならプログラマーに相談して仕組みを作ってもらわないといけない。これはシナリオリーダー失格の案件だ。

 会議参加者は黙っている文見を気にせず、生き生きとキャラデザインについて議論していた。


「これ、かっこいいんじゃない? 今までにないタイプで」

「主人公なんだから悪目立ちしないほうがいいと思います」

「でも、広報的にたくさん露出するんだからかっこいいほうがいいだろ?」

「じゃあ、こっちがいいんじゃないか?」

「私のイメージだとこっちでした」

「もっと肌出したほうが売れると思いますけど」


 文見はのけ者にされたような感じがしていた。

 ここまで必死にプロジェクトを引っ張ってきて、ここにいるキャラたちは自分が考えたものなのに、他の人たちが自分のキャラのように話している。

 主人公が男女選べるという話も、文見のいないところで彼らが勝手に決めたことなんじゃないだろうか。

 だんだん悲しくなってきた。

 自分のものをすべて取り上げられてしまったような気がする。


「小椋はこれでいい?」

「え? あ、はい、いいと思います」


 突然、社長に問われ、よく分からないまま応えてしまう。

 ぱっと見、木津のデザインは全然問題なさそうに見える。どれが採用されても自分の思っていた雰囲気とは離れていないし、ユーザー受けするように思えた。


「じゃあ、男主人公はこれでいくか」


 没になった別案のイラストが壁から外される。

 そして、次に決める女主人公の絵に皆の視線が向き、また議論を始める。


(やっちゃった……)


 今の対応は非常によくなかったと思う。

 わざわざ社長が話を振ってくれたのだから、ちゃんと意見すればよかったのだ。

 社長は自分を担当者として認めてくれているから聞いたのだ。その期待に応えないといけないのに、子供のようにいじけていた。

 ひどい自己嫌悪に襲われ、この場にいるのがすごく苦しい。

 その後、文見は皆の議論を横で見守ることしかできなかった。

 今日決めるべきキャラのデザインが確定し、会議は終了した。


「あっ」


 会議室を出るとき木津とかち合った。

 木津は文見に失望のまなざしを向け、何も言わずに出て行ってしまう。

 言わないでも分かった。

 仕事を放棄した文見に呆れているのだ。

 あとでメッセージで木津に謝ってもいいが、そういうのは無意味であることを、文見は知っている。

 反省したら行動で示さないといけないのだ。


(ごめん……。観月の作品だもんね、次はしっかり意見を言うよ)

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