第31話

 門真にはサブストーリーの脚本を依頼していたが、一週間経っても上げてこなかった。


「すみません、手こずっていて」

「初めてだからしょうがないよ。満足いくものができたらみせて」


 英結と英結が食事をして友好を深め合う、という単純なシーンだったので、あまり時間をかけてほしくなかったが、相手は初心者なので、ここで焦らせても仕方ないだろう判断した。

 何より自分の作業が忙しすぎて、門真の相手をしている余裕がなかったので、自分の力でやり遂げてほしいという期待を込めて放置することにしたのだ。

 だが待てども待てども、その後、何も言ってこない。

 さらに一週間が経ってしまった。

 便りがないのは良い知らせというが、さすがにこれ以上放っておくわけにはいかないので、声をかける。


「門真くん、そろそろどうかな? 完成した?」

「あー、どうでしょう。ビミョーかなと思いますけど」

「途中まででいいから見せてくれる?」

「いいですけど、つまらないですよ?」


 けっこうネガティブめな返事を返されるが、恥ずかしがってるんだなと文見は思った。

 新入社員はこういうもの。特にクリエイティブな仕事において、出来上がったものを人に見せるのは恥ずかしい。

 文見はコスプレもやっていたこともあり、そこまで自分の作品を他人に見せることに抵抗はなかった。けれど周りに聞いてみると、コスプレ衣装を作るだけで恥ずかしいし、それを見せるのはもちろん、着るのは恥ずかしくて死ぬと言っていた。

 文見は無理を言ってファイルを送ってもらう。

 本人が嫌がっていようと、スケジュールを管理して、後輩を指導するのが仕事なのだから仕方ない。


「お、できてるじゃん。数人分、サンプルで書いてくれればよかったんだけど、もう10人完成してるんだ?」


 門真が渋るものだから、まったくできていないのかと不安だったが、そんなことはなかった。消費した分は作業が進んでいるようで安心する。


「ン……ンンンン……」


 文見は門真の書いたシナリオを読み、目を泳がせながらうめき声を上げる。


「ダメですか?」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってね。ゆっくり読ませて」


 門真の脚本を少し読んだ感じ、ダメそうだった。

 何がダメかと言うと、文見が作り、社長承認を受けているプロットを無視して書かれているのだ。

 プロットには、誰と誰が食事して、どういう会話をして、どんな仲になるのかが簡単に書かれている。

 しかし門真の書いたものは、それとは完全に別の流れになっている。

 たとえば、大間崎と下関のシーン。本州最北と本州最西のキャラが食事をする。

 実際の大間崎はマグロ、下関はフグが有名だ。魚トークをしてどちらがおいしいか議論になるが、結局はどちらもおいしいという他愛もない話である。

 具体的にどんなドタバタが起きて仲良しになるかは門真に任されている。だが門真は、大間崎が下関を言い負かしていた。


「どうしてプロットと違うの?」

「え? ダメなんですか?」

「ダメって……」


 その言葉はカルチャーショックだった。

 プロットは言わば、シナリオの設計図、指示書である。それを無視してたらプロットの意味がない。

 しかし門真に悪気はないように見える。本気で疑問に思っているようだ。


「プロットはいろんな人に承認をもらって決まったものなの。それを変更するなら、それなりの理由が欲しいし、変更内容をまた承認してもらわないと」

「でも面白くないですよね」


 文見は絶句した。

 プロットの内容が面白くないから書き換えた、というのだ。

 それがあまりにも身勝手な意見だというのもあるが、文見が書いたものをズバッと斬り捨てるものであり、文見は大ダメージを受けていた。

 「あなたの書いた話はつまらないので変えましたけど、何かいけないんですか?」と言われたも同義。

 実際には、門真はプロットを書いたのが文見であるという認識がないのだろう。だから純粋で罪な意見を言える。


「キャラがちゃんと言い合いしたほうが面白いと思うんですよ。大間崎は豪快なキャラだし、下関を押し込めるほうが立つんじゃないかと。最後は仲良しになるとか、微妙ですよね」


 文見の心にどんどん矢が突き刺さる。

 生駒とのやりとりもきつかったが、相手に邪気がない分だけその鏃は深く突き刺さってくる。


「ででで、でもね……」


 あまりの動揺にどもってしまう。


「プロットには仲良しになるって書いてあるでしょ? このサブストーリーはキャラ同士が仲良くなるために存在するものだから、喧嘩状態のまま終わっても困るの」

「じゃあ、イベント数増やして仲直り編も作るのはどうですか?」

「それはごもっともなんだけど、各キャラ1シーンずつと決まっていて、大間崎と下関だけ増やすってわけにはいかないでしょ?」

「そうなんですか? 別に僕が書きますけど?」


 これは大人の事情だ。

 キャラとキャラの関係を描くのにたくさんのシーンがあったほうがいいに決まっている。だが、増やすだけコストが上がってしまう。ライターはさらにたくさん書かないといけないし、そのあと作った分のスクリプト打ちが必要になる。そして正常に動作するかモニターチェックする必要がある。おおまかにいうと、シーン×3でコストが増えていくわけだ。


「そうしたいのは分かるんだけど……。仕事には費用対効果というのがあって、キャラ同士のストーリーがあればお客さんは喜んでくれて、それが多ければ多いほど嬉しいよね。でも、数を増やすのは作る側の負担が大きい割に、お客さんの満足度が上がらないの。だから、このご飯サブストーリーは各キャラ一つずつってなってるんだ」


 門真は眉をひそめただけで答えなかった。

 不満で何か言いたいことがあるようだが、我慢しているのだ。


「そういうわけで、プロットに従って一つずつ作ってもらえる?」

「はい……」


 門真は渋々従ってくれた。

 ショックを受けて、翌日会社に来ないんじゃないかと不安になったが、どうにか来てくれた。けれど、あさっては来月はと思うと不安で仕方がなかった。

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