8章 本格始動

第30話

 確定したプロットはだいたい次のような感じである。


 ある日、主人公は現代日本にそっくりなパラレルワールドに飛ばされてしまう。

 そこで謎のメカに襲われる。

 窮地に巫女の姿をした少女が現れ、英結を召喚して戦わせた。

 彼女の名はメイ。英結を感知できる不思議な力を持っている。

 英結とは日本各地に根付いた神様で、認めた人間に力を貸してくれる。

 主人公はメイと一緒に、各地を回って英結を仲間にしつつ、神出鬼没のメカと戦うことになる。


 ……という話なのだが、メカがいったい何者なのかは設定が存在しなかった。

 いろいろ揉めたあげく、あとで決めればいいということになり、そのままになっている。

 天ヶ瀬曰く、「ファンタジー作品で、なぜモンスターが存在しているか、どうやって生殖してるかなんて語られることはほとんどない。だからわざわざ設定する必要はないんだ。途中でいい理由が思いつけば、そのときにそれを書けばいい」ということだった。

 謎のメカだと見た目的に感情移入できないのではと、生駒が強く主張していたが、そこはグラフィッカーチームのデザイン班がなんとかするということで落ち着いた。後回しになっているのは恐ろしいが、畑違いのことなので文見は何も言えなかった。そこらへんは文見も天ヶ瀬も、一回絵を見てみないことには判断できないのだ。正直、その判断が正しいと思えなかったが、いったんその流れになってしまっては、文見ではどうしようもない。

 また、もともと敵も英結を使ってくるので「英結対決が熱い」というのを想定していたが、敵が謎のメカになったのでその話をできなくなってしまった。

 メカはしゃべれないので、戦闘の前後で敵と会話したり、熱い関係が築かれたりしない。

 代わりに味方側に英結を使うキャラを増やした。美少女キャラたちが主人公のライバルとして登場する。いわゆるハーレムストーリーだった。

 これは生駒の案だった。美少女キャラがたくさんいたほうが人気が出るに決まっているので、社長も賛同している。

 いろいろ妥協してきたが、文見はどうしても「リメインズエナジー」という用語は残したかった。自分が設定したものの中でも、よくできた設定だと自信があったのだ。

 だが、ややこしくなるというのでダメだった。

 説明しにくい設定も、この不思議なリメインズエナジーを使えばなんとなく説明できると主張したのだが、「なぜ説明しにくいのか。ちゃんと説明すればいいだけでは」と正論を言われて、言い返すことができなかった。

 あまりにも力不足で悔しかった。

 その後、何度も思い出しては枕を涙で濡らすことになったが、もう終わったことである。





 長いやり直しを乗り越え、ようやくシナリオの実作業に入っていく。

 4月にシナリオ班に任命され、もう8月になろうとしていた。予定より二ヶ月は遅れてしまっている。

 ゲームのリリースは来年の12月に設定された。途中、アルファ版、ベータ版といった社内でゲームの面白さを確認するための工程を乗り越え、完成を目指すことになる。

 文見の作った設定に従って、他のパートが作業を行い、ゲーム画面やキャラを作成したり、フィールドの移動、戦闘、キャラの成長といったサイクルを組み込んだりする。そこで問題ないとされたら、ベータ版へと進め、どんどんゲームに様々な要素が組み込まれていく。

 文見に効率なんて考える余裕はなく、迷惑かけてきた分、他のパートのために無我夢中で尽くしていった。

 どのように進めていいのか分からなかったが、目につくものから作業を始め、「これを決めてほしい」「あの資料作って」と言われたものを片っ端からこなしていく。

 キャラについて説明したり、どんなモチーフにするか議論したり、なんだかんだで会議が多く、手帳が会議だらけになる。やり手のビジネスマンになったようで、ちょっと嬉しかった。

 大きい会社であればだいたいルーチンが決まっているのだろうが、ノベルティアイテムにはそれがまったくない。ノウハウ自体は井出が持っていたが、共有されることはなかった。こういうのは文字にしてマニュアル化するか、OJTのように一緒に仕事をして覚えるしかなさそうだ。でも今はそんなことできないので、体当たりで覚えていく。

 一方、新プロジェクト本格始動ということで、派遣社員を雇い、メンバー増強が行われた。

 それに伴い、オフィス内での席替えが行われ、大きく分けて「エンゲージケージ」チームと「ヒロイックリメインズ」チームにまとめられた。

 これまで文見の隣は久世だったが、今は木津がいて、反対側は新人の門真(かどま)だった。

 門真は文見の下につき、シナリオパートを補助してくれることになった。

 文見のはじめての部下である。


「先輩、何をすればいいですか?」


 先輩という言葉がむずがゆく感じる。

 これまで完全に下っ端だったので、しっかりしなくては気が引き締まるところもある。

 門真は第二新卒の24歳。新卒でどこかに就職したあとすぐにやめて、今年、ノベに転職してきた。

 私服勤務ということもあって、門真の見た目は完全に男子大学生という感じだった。

 というより、秋葉原によくいるアニメオタク。

 もともとアニメやゲームが好きで秋葉原にはよく通っていたらしいが、職場も秋葉原となり、仕事でそこにいるのか、プライベートなのかまったく分からない格好をしている。


「んー。とりあえず、資料を読み込んでおいて。何か分からないことあったら、すぐに聞いてね」

「了解です」


 相手は新人だから仕事内容をほとんど知らない。でも、シナリオ業務は文見も知らないことばかりで、とっさに何の仕事を与えればいいのか分からなかった。

 仕事はとうてい一人でこなすことはできないので、うまく分担できるように切り分けないといけない。

 やはりメインストーリーは本作の軸になるので、自分で書かないといけないだろう。とすれば、門真に任せられるのはサブストーリー。

 サブストーリーはある程度プロットが作ってあり、それに合わせてシーンを書き進めればいいだけだ。サブキャラの設定がまだ緩かったり、キャラデザインが出来ていなかったりするので不安はあるが、任せるならその調整ごとお願いしたほうがよさそうだった。


「……それにしても」


 門真が資料に目を通しながら言う。


「遺跡の擬人化ってやっぱ微妙ですね。売れるんですかね?」

「あはは……」


 もはや言われ慣れたコメントである。

 悪気がないのは分かっている。新人らしい素朴な疑問だ。


「割と遺跡にも、擬人化にも需要あるんだよ。あとはあたしたちのシナリオ次第だね」


 今さら擬人化について言われても傷ついたりしない。というよりも、すでに傷だらけ。


「シナリオって書いたことある?」

「あー、高校のとき、ちょっと小説を書いてたぐらいですね。二次小説みたいなもんですが」

「えー、すごいじゃん。あたしは全然やってなかったよ」

「いえいえ、全然ですよ。完全に素人なので、いろいろ教えてもらえると助かります」


 門真はおごらない素直のタイプのようだ。

 しかし門真がどれくらい文章を書けるのか分からないので、どのぐらい当てにしていいのか見当がつかない。

 まったく書けなかったら、ただでさえ遅れているのだから、今後さらに大変なことになる。社長にもっとシナリオに詳しい人を入れてください、と文句を言わないとダメだろう。

 だが、自分よりも遙かに才能があったら、先任として立つ瀬がなくなってしまうので、それはそれで困る。

 また、これまで部下を持ったことがなかったので、先輩として指導できるのかも不安になる。

 相手は社会人として経験が浅く、シナリオも詳しくないとなれば、しっかりとした指導が必要だ。どのように教えようかと考えるが、前提知識として必要なものが多すぎて、それを説明しているとなかなか実作業に届かない気がしてくる。

 悩ましいことばかり。正直、面倒だなと思ってしまう。

 仕事マニュアルがあれば「これ読んどいて」と言えるが、そんなものはないし、これから用意するのも非常に骨が折れる。

 もしかしたら、井出はこういう事情があって、他の人にシナリオを任せないのかもしれない。教える時間があれば自分で書いたほうが速いのだ。

 実際、日中はほとんど仕事にならなかった。門真の世話と会議出席で終わってしまう。

 夕飯を食べてからがプライベートタイム。

 プライベートといっても、余暇ではなく仕事だ。


「さて夜の部、始めるか!」


 一年目ということで新人にはあまり残業させてはいけないことになっている。まだ頼めることも少ないので新人には定時で帰ってもらい、イヤホンをして好きなゲームのサントラを聴きながら、ひたすら自分の作業をする。

 当面はメインストーリーの脚本をやる。これがなければゲームにならないし、他のメンバーがどういうストーリーなのか把握するためにも、できるだけ早く完成させておきたい。

 とはいえ、そう簡単には進まない。

 文見も本格的なシナリオを書くのは初めてなのだ。本で書き方を調べたり、他のゲームシナリオを参考にしたりして、自分のプロットをストーリーに落とし込んでいく。

 プロットを作ってきたときには気付かなかったことも多く、自然な流れになるよう、少しずつストーリーや人間関係を改めながら進めていった。

 脚本が出来上がったら、それをもとにスクリプトを打っていくことになる。

 スクリプトというのは、イベントシーンを動的に表現するための作業だ。キャラを登場させたり、しゃべらせたり、エフェクトを光らせたりと、ゲームらしい表現を作っていく。

 作業は単純だが膨大な量になるため、ものすごく骨が折れる。文見や佐々里は入社して以来、これをやらされていた。

 昔はすべて手打ちでスクリプトを書いていたが、ちょっと前に八幡がツールを改良してくれ、ボタンを押したり、ドラッグしたりと、直感的にイベントシーンを作れるようになっている。

 だがまずは脚本作り。スクリプトの作業に入るのは数ヶ月から半年ぐらい先のことだ。

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