第29話
翌日、出社するとすごいことが起きていた。
結論から言うと、設定とプロットが確定した。
社長がこれ以上の修正は行わず、このまま進行すると宣言したのである。
なぜそうなったかは、出社早々、久世が教えてくれた。
「おい、大変なことになったぞ!」
「何が? あたし忙しいんだから手短にね」
文見は久世の話を耳だけで流しながら、パソコンを起動させる。
「昨日の夜、木津が社長に直訴したんだって!」
「直訴? なんの話?」
「だから、木津がプロットを承認してくれって、社長に言いに行ったんだよ」
「え? 観月が……?」
社長がプロットを承認したのにも驚いたが、木津が直訴したことはもっと驚いた。
直訴と言えば、昨日グラフィッカーが文見をクビにしろと直訴するかもしれないと木津が言っていた。
「あたしのため……?」
木津があまり人のために無茶をするように思えないが、文見を気遣ってくれたのだろうか。
「先手を取ったのかな」
他の人間に直訴される前に、自身が直訴した。そんな戦略的な作戦であるならば、木津がやりそうだった。
きっと文見が帰った直後、文見がいないのをいいことに、社長へダイレクトアタックしたのだ。
「社長を社長席から引きずり出して、会議室に連れて行ったんだってよ!」
「いやいや、観月がそんなことしないから。観月なら、いきなり社長席に行って『話があります!』とかみんなの前で騒ぎ始めて、ばつが悪くなった社長が観月を会議室に連れていったんでしょ」
昨日話していたような、鋭い指摘を社長にぶつけたに違いない。あの返しをするのは、社長でもかなり苦しいはずだ。
文見はチャットツールを立ち上げると、社長がプロジェクトメンバーに指示を出しているのが確認できた。
久世が言ったように、設定やプロットは確定し、それに従って作業せよ、と書かれている。
返答を見ても特に荒れた様子はない。社長に異見することなく指示を受け入れて、粛々と作業を開始しているようだった。
「な、ほんとだろ?」
「すごい……。ほんとにやったんだ……。で、観月は?」
文見は立ち上がって辺りを見回す。
普通にいた。
木津はすでに出社してパソコンに向かって仕事をしている。
「よかった。問題にはなってないのね」
「その場にいなかったから分かんないけど、かなり騒然としてたみたいだぞ。いやあ、社長の器が大きくてよかったよ。いつも先輩ぐらいな感じで気さくにしゃべってくれるけど、やっぱ相手は社長だからなあ。俺たちとは住むところの違う経営者様で雇用主様。逆らったらいきなりクビ切られるかもしれないんだよなー」
文見はそれを聞いて、高級車に乗っていた天ヶ瀬を思い出した。
社長であることを気取らない、いい社長ではあるのだ。外界とは遮断され、高級な調度品に囲まれたような社長室を設けず、同じフロアに席を構えている。いつでも話しかけられるように、相談に乗れるようにという配慮がある。
でも、法律関係としては雇っている側と雇われている側だ。
「観月、言い過ぎてないといいんだけど……」
「嫌われそうなこと言ってそうだよな……」
現代日本の労働環境では、社長に逆らったからといっていきなり退職させられるということはない。だが疎まれていい仕事をもらえなくなるというのはよくあるだろう。
「木津だったら、自分の立場悪くなろうが、戦っちゃうんだろうな。いや、『こんな会社にはいられません』とか言って会社やめちゃうか」
「あー、ありそう……じゃない! 変なこと言わないでよ!」
文見は急に不安になってきた。
木津が自分のために社長と戦ってくれて、それで働きにくい状態になっていたら嫌だった。あまりにも申し訳ない。
「ちょっと話してくる」
チャットを送ってもよかったが、重大な問題なので直接話したほうがよいと思った。
文見は木津の席にいって、手を強引に引っ張って外へと連れ出した。
「観月、大丈夫なの?」
「何が?」
平然としたトーンの声。
相変わらずのクールな返事だった。
「直訴の件よ」
「ああ、おしゃべりな久世から聞いてると思うけど、おそらくだいたいその通りよ」
「ほんとに社長に話したの? あたしの書いたプロットでやれるようにって」
「勘違いしてるようだけど、別にあんたのためじゃないわよ。これ以上遅れたら私が困るからやっただけ」
「それはそうだけどさ」
文見は笑ってしまう。
木津ならそう言うと思った。少しでも文見を思った行動だとしても、絶対に認めないだろう。
「話はそれだけ? ようやく動けるようになったんだから、作業に戻るわよ」
木津の仕事はキャラデザイン。文見の設定が通ったから、いよいよ実作業に入れるのだ。
「ちょっと待って。……ほんとに大丈夫なの?」
不安そうな文見の顔を見て、木津はふっと笑った。
「大丈夫よ。気にされるようなことには、なっていないわ。思ったより社長が大人で助かったわ」
相変わらず皮肉めいたことを言うので、文見は本当に問題ないのだと分かった。
「それじゃ」と言って、木津は席に戻っていった。
「ありがと。いい同期がいて助かったよ」
ともあれ、「ヒロイックリメインズ」は本格始動できるようになった。
当初考えていたシナリオよりも面白いとは思えなかったが、一応ストーリーとしては成立している。あとはこれをひたすら量産していくことになる。
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