第28話
「そういえば、まだやってるの、コスプレ」
「え?」
思わぬ言葉に体が凍り付く。
「写真見たよ」
「えっ!? ええっ!? どこで!? どこで見たのっ!?」
氷が砕けてはじけ飛ぶ。
八尾が文見のコスプレを知っているわけがないのだ。
それは大学時代の友人の仲でも親しい人しか知らない。高校時代の友達には誰にも教えていないはずだった。
「最近、偶然見つけちゃった」
「ええええーっ!!!」
文見の絶叫に、喫茶店の客が皆振り向いた。
「す、すみません!」
文見は顔を真っ赤にして謝罪する。
真っ赤になったのは大声を上げて迷惑をかけたからではない。もちろん元彼にコスプレ写真を見られたからである。
「ど、どどど、どうして見つけられたの……?」
顔が熱すぎて沸騰しそうだった。
文見がコスプレやっているとは知らないはずだし、一般人はコスプレ写真を見ないし、探しもしない。文見の写真を見つけられるわけがないのだ。
それにウィッグも化粧も本格的にしているので、ほとんど原型が残っていない。
だから文見は世間に対して恥ずかしがらずに歩いていられる。
「ドラファンにはまって、コミュニティ入ったら写真回って来てさ。レインめっちゃカッコイイじゃん。すげー似合ってる!」
「コミュニティ!? 回って!? どこそれ!? やめて! 今すぐ削除して!」
ドラファン。ドラスティックファンタジーのことで、日本で誰もが知っているゲームだ。へビーなゲーマーでなくてもプレイしている人は多いので、それ自体は八尾がやっていてもおかしくない。
また、大衆の前でコスプレをしているのだから、写真に撮られてそれがネットの海にバラまかれているのはもちろん知っている。だが無名の素人コスプレイヤーの写真が、誰かに気に入られて共有されているとは思いもしなかった。
これは文見の人生史上最大級に恥ずかしいことかもしれない。
「これ? このスマホ壊せばいい?」
文見は八尾のスマホを奪い取る。
「おいおい待てよ! 落ち着け! スマホ壊しても意味ないって!」
スマホを地面に叩きつけようとするので、八尾はさっと奪還する。
手元からスマホが消え、文見はそこで我に返る。
「あっ、ごめん……」
「大丈夫、落ち着いて落ち着いて」
八尾はスマホをもう取られないようにポケットにしまい込む。
「そんなに取り乱すなんて思わなかったよ」
「取り乱すよ! 暴走するよ! 破壊するよ!? ……でも、なんで写真なんか……」
「いやあ、俺もビックリしたさ。はじめて見たとき、なんか既視感あるなって思ったんだ。そして妙に惹かれるんだよ。他のコスプレとかも見て分かった。これは文見だから気になるんだって」
文見の顔からぼわっと火が飛び出る。
もちろん比喩だが、そんな映像が見えそうだった。
「ひいいいい!? スマホ出して! 早く! 壊さなきゃ! 破壊しなきゃ! 抹殺しなきゃだよ!!」
「おいおいやめろって。まあ保存してるよ? 当然な。でも、消してもいいけど、ネット上でいつでも見られるぞ?」
「うっ……」
こんなところでデジタルタトゥーの怖さを思い知るとは思わなかった。
自分でも自信のある衣装だし、キャラへの理解もあるいいコスプレだとは思うけれど、知り合いに所持されてしまうと、脅しのツールにしかならない。
文見がコスプレしていることを知っている社長が興味を持って調べ始めたら大変だ。しかしネットの海にある写真を消しようがない。やはりカミングアウトしたのは失敗だった。
「別に恥ずかしがることないじゃん」
「嫌だよ……無理だよ……」
「可愛かったし」
「死ねーー!!」
思わず手元にあった自分のスマホを八尾に投げつける。
八尾は反射的に顔をかばうように腕を上げるが、見事スマホをキャッチする。
「あっぶなー。暴力反対!」
「お前が変なこと言うからだよ……」
八尾が返してくれたスマホをそそくさとカバンの中にしまう。自分のスマホまで壊してしまいそうだ。
「まあ、元気そうで何よりだ」
「全然よくない……」
「でも顔色よくないよな」
八尾が顔を近づけてくるので、とっさに逃げてしまう。
もともと体調悪いところに変な緊張をして暴走したもんだから、息が上がっていた。
「無理だけはすんなよ。また倒れるぞ」
「倒れないよ」
高校のときの文化祭準備で、毎晩遅くまで作業していて、あるとき急に倒れたことを思い出す。
クラスメイトが騒然としている中、担ぎ上げて保健室に運び込んでくれたっけ。
「寝不足か? 昔からお前は凝り性だからな。コスプレも、ゲームも本気でやってんだろ?」
「う……」
「ははっ、いい仕事に就いたんだな」
「そ、そうね。それはそうなのかも」
「じゃあ、今日はこの辺でお開きとするか。本調子じゃなさそうだし」
文見の凝り性が変わらないのと同じで、八尾の察しの良さと優しさも変わらないようだった。
「うん。今度は仕事の話聞かせてね」
もうしばらく八尾と話をしていたという気持ちはあったが、ずっとペースを掴まれたままなので悔しい。
そして、疲れているのは間違いないので、今日は家に帰ったらゆっくりして、早めに寝たほうがよさそうだった。
しかし、すごく懐かしかった。こんなに気持ちがはしゃいだのは高校以来かもしれない。
「あー……変な声出した……」
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