第27話
文見は会社に戻ってちょっと仕事をして、定時に上がることにした。
シナリオ担当は相変わらず一人なので、日時の決まった仕事がなければあとは自由なので助かる。
自由といっても、普段は忙しすぎて、残業やり放題という自由になっているが。
「まだ明るいんだ」
ちょっと前に夏至を迎えて、今が一番日の長い時期である。
日が出ているうちに帰るのはひさびさで、夕方の秋葉原はまだまだ暑かった。
観光客や買い物客も大勢いて、駅につくまでその間をすり抜けるのに苦労する。
「あの、すみません」
その途中にスーツの男性に話しかけられる。
秋葉原で道を聞かれるのは珍しくない。仕事帰りに秋葉原に来て、電気屋やホビーショップに寄ろうとする人がけっこういるのだ。
「はい?」
疲れているので、気付かないふりをして無視しようかと思ったが、明らかに自分を呼び止めていたので、文見は仕方なく立ち止まる。
「おっ、やっぱり文見だ」
相手が自分の名を呼んだのでびっくりする。
それは文見もよく知っている人物だった。
背が高く、短いスポーティーな髪型に、人なつっこい顔。細身のスーツがよく似合っている。あどけさがなくなっているが、間違いない。
八尾道成(やおみちなり)。
文見の元恋人であった。
「道成!? どうしてここに!?」
思わず甲高い声で叫んでしまい、周りの人は何事かと振り向いた。
八尾は高校時代に付き合っていたが、卒業時に別れてそれっきりであった。
友達づたいにウワサを聞いたことはあったが、直接の連絡は六年以上取っていない。
「今日休み?」
「え? ううん、仕事帰り」
完全な私服姿で秋葉原を歩いていたらそう思われても仕方ない。
「俺も仕事帰り。今職場が秋葉原なんだ」
「えっ、奇遇! あたしも秋葉原!」
「うわっ、すっげー偶然!」
二人は都立高校の同級生である。
八尾が地方の国立大学に進学することになってやむなく別れたが、決して喧嘩別れではない。当時はかなりつらい思いをしたが、もう六年も経っているのでいい思い出である。
そのため再会は気まずいものではなく、久々に会えて互いの見た目や環境が変わっているのを知れてとても嬉しかった。
「時間ある?」
「うん、全然大丈夫!」
今日早く帰って休もうと思ったが、かつての恋人の誘いをむげにできるわけがないし、自分も興味が遥かに勝っている。
二人は駅から少し離れた静かな喫茶店に入った。相手も秋葉原勤務ならば、メイド喫茶に入ってみるというネタをやる必要もないだろう。
「うわー、めっちゃ久しぶりだな。元気してた?」
「まあね。最近忙しいけど、何とかやってる」
「やっぱ忙しいのか。ゲーム会社に入ったんだって? スマホゲーの」
「えっ!? なんで知ってるの?」
「ああ、友達に聞いた」
「そ、そうなんだ……」
ゲーム会社勤務というのはちょっと自慢ではあったが、友達みんなに知られているとなると恥ずかしい。
それと元彼がまだ自分に興味を持っていたのは嬉しいようで、こっぱずかしい。
「ちょ、ちょっと待って。偶然って言ったけど知ってたの?」
「ああ……うん。知ってた」
素直に自白する八尾。おどけた顔は大人になっても可愛いらしい。
「同じ秋葉原なんだから、いつかは会えるのかなーっておぼろげに思ってた。でも、まさかばったり会っちゃうなんてなー」
「ほんとだよ! すっごいびっくりした!」
最近深夜勤務ばかりだったから、偶然会うにしても確率はそうとう低かったかもしれない。今日は早く帰れてよかった。
「道成は? 何やってるの?」
「某有名電機メーカー」
「すごいじゃん!」
「これでも旧帝国なんで」
八尾はわざと見栄を張った笑い方をする。
そういえば、その笑顔が好きだった。実際よりも大げさに笑ってみせて、場を和ませたり、相手を喜ばせたりするのだ。
会社名を言わず、わざわざ「某」と頭につけるのも彼らしい。
「と言っても、子会社の子会社なんだけどな!」
「子会社?」
「世界的メーカーでも、その本体にいるのはわずかで、あとは子会社の所属なんだよ。分野ごとにいろいろ分かれている」
「へえ、そうなんだー」
「プレステでおなじみのソニーだってそうだろ? 電機、音楽、映画、ゲームとかたくさん分かれていて、さらにその下にも死ぬほどある。1000を超えてるとか聞いたぜ」
「1000!? すごっ!」
ソニーの子会社は1300近くあるという。
「まあ、俺はそんなにすごくないってことだな。ちっちゃい会社の営業で、今は研修と称し、電気屋の販売員をやらされてる」
「電気屋? どこで働いてるの?」
「Bカメラ」
「うおっ! 近っ!」
Yカメラだったら、今日倒れてたのを見られたかもしれないと、ほっとする。
「文見は向こうにあるでっかいオフィスビルだよな」
「うん。社長が見栄張って借りてる」
「見栄って……。ガチャで儲かってるんだって?」
「儲かってるねー。スマホゲーはほんとすごいよ! あたしなんかを雇えるぐらいに!」
「なあに言ってんだよ! 実力で勝ち取ってそこにいるんだろ。誇っていい」
「えー、そんなことないよー」
八尾はなんだかんだで褒めてくれる。
最近褒められることがないのと、懐かしさでむずがゆく感じる。八尾はあんまり女の子っぽくない文見を好きでいてくれたのだ。
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