第26話
「でも、不安だからといってスケジュール遅らせるのはなあ……」
「そうね。生駒さんがシナリオライターならそれに従うのもいいかもしれないけど、職歴、職種全然関係ないし、結局答えは出てないわけだから、なんの意味もない。完全に社長として器量が足りてないわね。生駒さんに頼ったところで、技術的に解決してくれるわけでも、責任取ってくれるわけじゃないのに依存しようとするんだから。文見に任せた以上は文見に任せるべきよ」
「観月……」
社長や先輩社員に厳しい意見を言う木津を不安に思ったり、自分を信頼してくれるのを嬉しく思ったり、複雑な気持ちで変な顔になってしまう。
「でも、気を付けたほうがいいわよ」
「え? 何を?」
「社長はあなたに責任を押しつけるかもしれないわ」
「えええっ! 社長がそんなことするかな?」
「だってこの状況で他に悪い人いる? あんたは生駒さんが悪いと思ってるかもしれないけど、社長はむしろ生駒さんが正しいと思ってるんでしょ」
「うっ……」
確かにこの遅れている状況は、自分が悪いか社長が悪いかの二択である。社長が己の非を認めない限り、自分のせいになってしまいそうだ。
「ああ、そうだ言い忘れてた。周りのパートの状況もよくないよ。進行がかなりまずいことになってる」
「うーん……だいぶ待たせてしまってるもんね……」
「さすがに我慢できなくなって、グラフィック系のパートでは、社長に直訴しようって流れになってる」
「直訴!?」
「このままじゃスケジュール間に合わないから、何とかしてくださいって。もしかすると、文見を下ろしてくれってお願いするかも」
「下ろす!?」
「シナリオ担当者を変えてくれ、つまりクビにしろってことね」
「ちょちょちょ……! 意味は分かってるから、『クビ』とか言わないでよー!」
仕事において一番耳に入れたくない言葉だ。
自分に能力がなくて、そうなりかねないことは、すでに意識していたが、他人に言われるとかなりドキッとする。
「そんなとこまで行ってるの……?」
「もう怒り心頭って感じ。スケジュールが遅れたら自分のせいになっちゃうからね。問題になる前に、社長に言っておけば責任回避できる」
「ひどーい! ……いや、あたしが遅れてるのは事実なんだけど」
他のパートは何も悪くなかった。むしろ巻き添えを食らってしまっている側だ。
その直訴も社長批判ではなくて、自分たちの状況を改善するためのものであったり、感情的に困窮を訴えるものであったりすれば、社長も気分を害しないかもしれない。
「直訴なんてことになったら、社長は担当者を変えざるを得ないかも。文見の責任じゃないと社長が思っていたとしても、状況的に周りは文見が悪いからクビになったと思うはず」
「クビ……」
文見は急に目の前が真っ暗になり、立っていられなくなる。
「ちょ、ちょっと……!」
倒れそうなところをとっさに木津が支えた。
「ごめん……急にめまいがして……」
「大丈夫なの? ちゃんと寝てる?」
「あんまり……」
木津が支えてくれるが、うまく立ち上がれない。
「救急車呼ぼう」
「そこまでじゃ……」
「顔真っ青だよ」
「外が暑かったせいかな。しばらくすれば治るって」
クーラーと扇風機のコンボが決まった風がひどく冷たい。確かに体がかなり冷えてしまっている。
木津は説得を諦めて、通路に設置されているソファーに文見を連れていく。
腰を下ろして壁にもたれかかると、少し楽になった。
「ありがと」
「無理しすぎなんじゃない?」
「あはは。無理しないわけにはいかなかったからなあ……」
「……ごめん。クビとか言って」
一緒に隣に座っていた木津が立ち上がり、突然頭を下げた。
「ちょちょちょ、なに!? 謝らないでよ」
文見は木津が謝っているところを初めて見た。
「面白がってクビとか言っちゃった。頑張ってる人に無礼だよね……」
「そんなことないよ! あたしがダメだからこうなってるんだし。……まあ、ほんとにクビになったらショックだけど……」
「それは……」
本当なら「クビになんてならないよ」と否定してあげるところだが、木津は自身の性格のため、きっぱり言ってあげられなかった。
事態がここまでいってしまっては担当者変更もやむを得ない。また、変更になったほうが文見の体のためだとも思ったのだ。
「クビかあ、仕方ないよね……」
社員としてクビになったらまずいが、シナリオ担当はクビになってもしょうがない事態になっている。それは文見も重々承知していた。
「誰か他の人やってもらったほうがいいよね。そっちのがプロジェクトのメリットになるし、あたしも限界だし……」
自嘲気味ではあるがこれも文見の本音だった。
なんだか急に疲れが来た。もういいやって気持ちになってくる。これまで必死に頑張ってきたけれど、自分にできることじゃなかったのかもしれない。
「文句言ってみれば? 社長に」
「え?」
文見はちょっと驚いた。
木津ならば「だったらやめれば」と突き放したような言い方をすると思っていたのだ。そっちのが、責任を放り捨てられて気が楽になるはずだった。
「確かにこんなことになったのはあんたのせいだけど」
「うっ……」
「でも責任はあんただけにあるわけじゃないでしょ」
「担当者はあたししかいないから、あたしの責任なのかも」
「あんたに指示出してるのは誰? プロデューサーとディレクターでしょ。上の人に従ってやった結果なんだから、そいつらに責任取らせればいいのよ、私らの何倍、何十倍のお金をもらってんだから。あんたがしょいこむ必要なんてない。グラフィッカーは文句言うんだから、あんたにも言う権利はある」
「うん……」
木津の言う通りだとは思う。
でも、「仕事で困っているので助けてほしい」「自分は悪くない」「社長が悪い」と主張できるほど、文見の心は図太くなかった。少なくとも今はそんな自信も勇気もなかった。
こういうとき、すぐ上の上司がいないと厳しい。平社員が社長と渡り合うのはかなり厳しかった。
「文見は頑張ってると思うよ。シナリオも読ませてもらったけど、すごくよくできてる。それでもうまく回ってないのは、文見に権限がないから。本来なら『シナリオディレクター』のような役職もらって、『これ以上は直しません。これで行きます』って言い張っていいところよ。でも社長が能力もないのに自分でハンドリングしようとしてるから、こうなるの」
「むむむ、シナリオディレクターかあ」
ゲーム会社によっては、シナリオディレクターという役職者がチームを率いてシナリオを作成する。小規模なゲームだと存在しなかったり、ディレクターや他の担当が兼ねていたりする。
「リーダーシップを発揮しないリーダーなんていらない。ここは文見より社長をクビにすべき!」
「えー!?」
「まあ、冗談だけど、それがプロジェクトのためだと思うわ。上の人が日和ったら、みんなが迷うことになるから、決めるときは決めてくれなきゃ困る」
びしっと言い放つと、木津はソファーから立ち上がった。
「今日は早く帰りな。これからもっと大変になるんだから、ちゃんと休まないと」
「うん、そうだね。たまにはゆっくり寝るよ」
木津が手を差し出してきたので、文見はその手を取って立ち上がる。
ちょっと立ちくらみがしたが、木津がしっかり支えてくれた。
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