7章 プロット完成

第25話

「ちょっと、文見」

「ん?」

「ほらこっち」


 木津にうながされて、文見はオフィス外の廊下までやってきた。


「どうしたの?」

「どうしたじゃないわよ。また変な顔してる」

「そ、そう……?」


 自分では気付いていなかったが、怒ったり、真面目な顔をしたり、落ち込んだりと百面相のようにコロコロ表情を変えていた。


「またやり直し?」

「うん……。社長はいいって言ってくれたんだけど、生駒さんが納得してくれなくて……」


 前回の会議で、生駒に指摘されてから二週間が経過していた。

 その後、プロットを修正して社長のOKをもらい、メールでの意見吸収を行ったのだが、また生駒によって阻止されていた。


「ちっ! あの屁理屈屋め……」

「観月、舌打ち大きいって! 屁理屈は……まあ、そうなんだけど」


 文見はきょろきょろ周りを見回して、社員がいないことを確認する。


「あの人、ワガママ言ってるだけでしょ。自分の気に食わないことがあると、すぐ反発してくる。いいところがあっても、他に自分が嫌いなシーンや設定があれば、全部が悪いかのように否定して、めちゃくちゃにしようとしてきてる。やってることが子供ね……」

「うーん……そ、そうね……」


 ひどい言いようだが、文見は否定しきれない。

 生駒は二年上の先輩である。だが前職もゲーム会社で働いているこの業界のベテランであり、社会人三年目の二人が気軽に批判できるような人物ではなかった。

 けれど、木津の言うことはだいたいあっていた。

 なぜか目の敵にされていて、出すものに対して毎回痛烈な批判が返って来る。

 どこかに一つや二つ、気に食わないところがあるのだろうが、煙に巻いているのか、様々なポイントでツッコミが来るため、一番直してほしいのがどれかいまいち分からない。

 もしかすると、そんなものなくて、何でもいいから否定してるのかもしれないと、文見も疑ってしまう。


「なんで社長はあんなに生駒さんを立てるんだろ……。他の作業が遅れまくってて、もう直してる場合じゃないのに」

「そんなの簡単よ。自信がないだけ」

「どういうこと?」

「社長だから強がって、分かってるふりしてみせるけど、社長はシナリオの素人。特にゲームシナリオなんて専門外。自分が考えた話が批判されると、本当に面白かったのか不安になるのよ」

「社長が? 不安に?」


 社長は元証券マンということもあり、言動はいつも自信に溢れ、何事も正しい立ち位置から正解を出してくれるようなイメージがある。

 また、批判されたら不安になるというのは分かる。文見はそのせいでいつも不安だ。こう何度も批判されて、自分の書くものに自信がどんどんなくなっていく。


「『ヒロイックリメインズ』は企画もお金も、自社持ちでしょ? 社長は自分で決めて自分で責任負うしかないから、いろんなところで不安なのよ」

「うん? 自社?」


 文見がまったく理解していなかったようなので、木津はため息をはく。


「ちょっとここじゃアレだから、歩きながら話そう」


 二人はエレベーターを降り、オフィスビルを出る。


「あっつ……」

「あっつ……」


 外に出た途端、二人は外に出たのを後悔する。

 7月に入り、秋葉原の街は太陽光の集中攻撃を受けて、アスファルトごと人間も溶けてしまいそうだった。

 観光客が多いこともあり、不思議と秋葉原は他の街より暑い気がする。


「電気屋いこ」


 涼しくてタダでぶらつけるところといえば、大型家電量販店である。電気街を抱える秋葉原では涼む場所に決して困らない。

 自動ドアという、地獄と天国を隔てる門をくぐり、大きな電気屋に入る。

 人の多い一階をさけて、二人は二階から当てもなく店内を歩く。


「それでさっきの話だけど、『エンゲジ』がよその出資で作られたのは知ってるでしょ」

「え、そうなの?」

「ほんと何も知らないのね……。当時、ノベはお金がなかったから、社長のツテで出資してもらってゲームを作ってたのよ。そのとき、大手ゲーム会社も紹介してもらって、技術的な支援をしてもらっていたの」

「そうだったんだ!? 社長すごい!」

「さすが元証券マンってところね。知り合いの知り合いを総動員して、小さい会社ながらゲームを作れる環境を作っていったのよ。それが5、6年前の話」

「へえ、そうだったんだ。観月、なんでそんなに詳しいの?」

「インタビュー記事、ネットにたくさんあるでしょ」

「ああ……」


 言われて見れば、採用面接の前に読んだ気がする。面接で話すネタとして、少しでもノベルティアイテムの情報を集めようと、社長のインタビュー記事を読んだ。

 しかし、会社経営のことは興味がなかったので、面接では会社の沿革に関して話さないようにしていた。

 夏は自然と扇風機売り場に足が向いてしまう。まったく買う気はないけれど、一つずつボタンを押して性能テストをする。


「『エンゲジ』はノベが作ったゲームに見えるけど、実はいろんな協力会社があってようやく出来たものなのよ。スマホゲーだから分かりにくいけど、クレジットにはたくさんの会社が書いてあるわ」

「ほほー。小さい会社が運良くSSRを引いて、いきなり大ヒット飛ばしたわけじゃなかったんだ」

「間違ってはいないけど、ガチャみたいにただの運で成り上がったわけじゃないの。これまでゲームを作ったことない会社が1本作り上げるのはすごく大変で、だいぶ他のゲーム会社に手伝ってもらったみたいよ。だから、今回の『ヒロイックリメインズ』はできるだけで自社だけでやろうってことにしたわけ。ノウハウも貯まったし、お金も儲けたからね」

「なるほど……。全然知らなかった……」


 文見はヒロイックリメインズ開発の最初期からいるが、そんなこと考えもしなかった。ゲーム会社なんだから当然、新作ゲームくらい、ちょっと頑張れば作れるんだろうと思っていた。

 どこの会社でも、自社がどうやって利益を上げているか、これまでどうやって成長してきたかなどをちゃんと把握している社員は少ないだろう。

 目の前で電気製品の説明をしている店員さんも、このお店がどうやってこんな大きい店舗を構えるに至ったか、なんという会社から出資を受けているかなんて知らないはずだ。


「だから社長は絶対に失敗できないのよ。ノベ単体では何もできないんだって、思われたら困るから」

「困る?」

「別に会社のお金について詳しいわけじゃないけど……。新プロジェクトや事業拡大にはお金がいるじゃない? 銀行や出資者からお金を借りるには信用がいるわけ。それはなんといっても技術力。ノベは他社の協力がなければゲームを開発できないんだって知られたら、お金を貸してもらえなくなってしまう」

「なるほどねえ……」

「『エンゲジ』では他の会社にアドバイスもらえたけど、今回は誰も教えてくれないから、ゲームの肝であるシナリオでつっこまれると、先に進んでいいのか不安になる。生駒さんはシナリオが専門じゃないけど、ゲームの開発知識はけっこうあるから、そこまで否定されると無視できないんだろうね」

「そういうことか……」


 ようやく社長があそこまで生駒の意見を採り上げる理由が分かった気がする。

 「他のライターやクリエイターの監修を受けたほうがいい」という意見を気にしていたのも、そういう事情があるのかもしれない。

 それは重々承知だが、今回はできるだけ内部でやりたいと思っているに違いない。

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