第24話
「またダメだったんだって?」
「え、あ、はい……。すみません……」
文見はプログラムとは縁がないので、あまり八幡としゃべったことはなかった。
メガネをかけ、真面目そうなきりっとした顔をしている。服装もしっかりとしたオフィスカジュアルで、それっぽい格好をしていたらエリートサラリーマンもしくは執事っぽいという印象だろう。
あまりゲーム会社っぽくない風貌で、普段ゲームをやりそうな感じもしない。いったいどういうゲームが好きなんだろうか。
「謝ることではないだろう」
「でも、開発遅れちゃってますよね」
「別に」
八幡はそう言うが、進捗会でプログラマーの進捗率がかなり低いことは聞いていた。
「ゲーム開発が遅れるのは珍しくない。始まらない分には一向に困らないな」
「え、どうしてですか?」
「プログラマーが一番堪えるは何度も作り直しになることだ。プランナーのオーダー通りに作ったのに、やっぱこうしたい、イメージと違うから直して、面白くなかったからなしで、とか言った理由で作り直しになるんだよ。プランナーは気楽だよな。ゲームやってみて、つまんなかったら、直しといて、と言えば勝手に直ってるんだから。だが、プログラマーは頑張って設計して組み立てた家をぶっ壊して、また設計からやり直すことになるんだ」
「はあ……」
案外饒舌だった。
八幡が愚痴を言いそうなタイプではなかったのでびっくりする。
だが文見もやり直しを何度もくらっているので、八幡の気持ちは痛いほどに分かった。誰かに愚痴らなければやっていけないのだ。
「それが続いて開発後半のときには、とんでもない遅れになってる。間に合わせるために、休まず死ぬ気で働くわけだ。デスマーチだな」
デスマーチ。死の行進という意味である。深夜残業は当たり前で会社で寝泊まりすることもあり、休日返上で働き続ける。納期に間に合うか、それとも先に開発者が倒れるか、作業が完了するまで働くのでデスマーチと呼ばれている。
「不思議なことにプロジェクト始動時が好調だったとしても、後半は壊滅的になって休めなくなるんだよ。それまで何度も上の確認取って進めてるのに、急に「ダメだ、作り直せ」と言われる。理不尽だよな。でも絶対起きるんだ。だから、開始が遅れて暇になる分には大歓迎だ」
「そ、そうなんですね……」
落ち着き払った様子はまさにベテランの所業。
文見もゲーム会社に入って遅くまで仕事をし、「もう働きたくない」と思うこともあったが、文見の関わった「エンゲージケージ」が新作ではなく、継続して開発の続いているものなので、大規模な開発はなく、デスマーチになったことはなかった。
「おまちどおさま」
そのとき、店員のおばちゃんがお盆を二つ持って現れる。
「てんぷらそばに、ざるそばね」
注文者を確認することなく、てんぷらそばを文見に、ざるそばを八幡の前に置いた。
「逆です!」
文見は指摘するが、おばちゃんは伝票を机に置くとすぐに厨房に引っ込んでしまう。
「入れ替えますね」
文見がお盆を持って取り替えようとすると、
「別にこれでいい」
八幡は片手を挙げてストップさせる。
「へ?」
意味が分からなかった。
文見はさっぱりしたものを食べたかったので、ざるそばを注文した。そして安くてカロリーが低いという理由も大きかった。
でも、もっと大きい理由はお値段。
ざるそばは990円だが、てんぷらそばは2310円もする。
文見が悩んでいると、八幡はざるそばを食べ始めてしまったので、文見は諦めててんぷらそばを食べ始める。
(八幡さん、てんぷらが食べたかったんじゃないのかな……。ああ、2310円は痛いなあ……)
もともと奮発するつもりはあったが、ここまでの出費は想定していなかった。明日は節約しないといけない。
(あー、でも、てんぷらおいしい!)
久しぶりにてんぷらを食べた気がする。
老舗の名店とあってかなりおいしい。けっこう値は張るが、てんぷらそばで良かったと思える味だった。
文見がてんぷらを半分食べ終わったところで、八幡が席を立った。
八幡はすでにそばを食べ終わっていた。
「じゃあお先に」
「はやっ! じゃなくて、え? あの、え?」
八幡は二人分の伝票を持って行ってしまう。
「おごってくれたってことなのかな……?」
八幡はレジでスマホを端末にタッチして会計を済ますと、そのまま店を出て行ってしまう。
てんぷらそばと共に取り残された文見。
「八幡さんなりの気遣い? 言ってくれればよかったのに」
どうやら不器用なようだが、優しい先輩のようだった。
またもやシナリオを作り直しになった文見のために、高いてんぷらそばを食べさせてあげたのだ
「そういえば、愚痴ってくれたのも、気遣いだったのかな」
大先輩が下っ端に愚痴る必要なんてないだろう。でもいろいろ話してくれたのは、文見のことを思ってのことかもしれない。文見に合わせて、ゲーム会社ではベテランであっても理不尽な目に遭うことを教えてくれたのだ。
考えて見れば、高いてんぷらそばを頼んだのも、八幡が大奮発したい気分だったのだろう。それなのに譲ってくれた。
文見は嬉しくなった。
プロデューサーとディレクター、そして生駒と今後も一緒にするのは嫌だなと思っていたが、同じプロジェクトに八幡のように優しい先輩がいるのだ。
「よし、夜も頑張ろ!!」
文見はズルルとそばを勢いよくすすった。
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