第23話

 文見はデスクで動画などを見ながら夕飯を取ることが多かったが、今日は気分転換を兼ねて外食にしていた。

 先の会議のイライラがまったく収まらなかったのである。

 自分に何かとつっかかってくる生駒、そしてOKと言いながら自分をまったくかばってくれない社長に対しての怒りだ。

 あのときガツンと言い返してやればよかったと、頭の中で生駒や社長をぎゃふんと言わせる脳内シミュレーションを繰り返し続けている。

 いや、そんな不毛なことはしたくなかったのだが、何度もそのイメージが頭の中を巡ってしまうのだ。

 これは相当まいってるなと思い、オフィスを飛び出して秋葉原の街に出てきたわけである。

 秋葉原はオフィス街でもあるが、ご存じの通り、観光都市として面が強いので一年中人が多い。今日は平日だから外国人観光客がメインだが、休日となると日本人観光客がぐっと増える。

 駅前付近で外食しようとすると、観光客とかち合ってゆっくりできないので、文見は少し離れたところへ行こうとする。

 運動にもなるし、気持ちを落ち着かせるのにもちょうどよかった。

 文見が大勢の観光客やサラリーマンを避けながら歩いているときだった。


「あれ?」


 地下駐車場からいかにも高級そうな車が出てきた。

 それに乗っている人物には見覚えがあり、自然と目が追った。


「社長? なんかすっごい高そうな車だったな……」


 車に詳しくない文見でも、それがものすごく高い車だということが分かった。

 まず庶民では遠慮してしまうような、真っ赤な色。やたらかっこいい企業ロゴは海外メーカーのもので、近未来を感じさせる流線型のボディは、庶民が乗るものとは値段が一桁違うんじゃないかと思わせてくれる。

 社長は文見に気付くことなく、スピードを上げて颯爽と去って行く。


「帰るのかな」


 手伝ってもらえる作業はないし、社長には社長の仕事があるので、社長が定時で上がるのは仕方ない。

 けれど、ちょっともやもやする。文見はまたシナリオを修正しないといけないので、今日何時に帰れるか分からなかった。


「なんだかな……。住む世界が違うんだよな……」


 文見の安月給では家賃を払うのが精一杯で、車なんてとてもじゃないけど買えない。

 そもそも車通勤は当然禁止されている。

 危険だからという理由だが、危険ならばなぜ社長はOKなのだろうと思ってしまう。経営者だから何が起きても自分のせい、ということもあるんだろうが、事故を起こす確率は変わらないはずだ。

 実際に事故になってしまったら、平社員より社長のほうが大事になってしまう。ニュースで連日、会社名と一緒に顔が映るに違いない。

 車通勤をしたいわけではないが、平社員と社長という身分の違いを見せつけてくるようで嫌だった。


「あー、ダメダメ。ネガティブはダメ! 奮発しておそば食べよっと!」


 文見にとっては、そばも高級品だ。ときどき利用している老舗のそば屋に入る。


「あっ」


 社員に会わないようにとも考えて遠出したのだが、そこには「ヒロイックリメインズ」のメインプログラマーの八幡がいた。


「小椋か」


 気付かれてしまった以上、スルーして離れたところに座るのは不自然なので、八幡と相席することにした。

 よりによって、迷惑かけまくりの同じプロジェクトの人間と一緒になるとは運が悪い。


「ども」


 文見はそそくさと席について、ざるそばを注文する。

 八幡はすでに注文済みで、料理待ちのようだった。

 大手ゲームメーカーから来た凄腕プログラマーで、物静かな30代後半の男性。ゲームに関しては村野よりも詳しく、サーバー知識は会社でナンバーワンだった。

 経験も豊富で、後輩プログラマーの指導も行っていることから、「困ったら八幡に聞け」と言われるほど頼りにされていた。

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