6章 リテイクの嵐

第22話

 文見は修正を重ねて、改めて社長のOKをもらい、次のステップに進んだ。

 前回のように社員全員に聞いていたら時間が掛かりすぎるので、今回は主要なプロジェクトメンバーが集まって議論することになった。

 直接、顔を合わせて答弁するのは緊張するが、今さらびびってもいられない。自分がシナリオリーダーであり、頑張って作り直した設定とプロットを守れるのは自分しかいないのだ。

 先に資料は渡していたが、冒頭に文見が簡単に補足説明をする。


「――という話になっております。プロデューサー、ディレクターに相談しつつ進めていて、サブプロットももうじき完成する予定です。ここまでに何かご意見や質問はありますか?」


 すでにプロデューサーとディレクターの承認を得ていることを強調しておく。

 先手を打っておけば意見を言いにくいはず。社長の承認をもらっているものを、社長の前では批判しにくいのだ。

 案の定、シーンと静まりかえる。

 皆、資料をにらみつけるように眺めているだけで、こちらを見ようとしない。

 皆の心の内は、これまでにだいぶ時間を浪費しているから、さっさとシナリオを決めて作業に入りたいと思っている。だから内容がどうあれこの内容で決めてしまいたい。わざわざ発言して面倒事を増やしたくなかったのだ。


(よし!)


 文見は心の中でガッツポーズをする。


「大丈夫でしょうか? それではこの方向性で……」

「ちょっといいすか」


 何も意見がないので締めようとしたところ、空気を読まない人が手を挙げる。


「はい、生駒さんどうぞ」


 生駒は戦闘班だった。ゲームの肝である戦闘を組み上げる係だ。

 戦闘がつまらなかったら誰もゲームをやってくれないので、ゲームの中ではかなりウェイトが高く、その責任は重大なパートだった。


「やっぱゲームシナリオとして引きが弱いかと。遺跡の擬人化はいいですが、シナリオがそれを引き立てるものになっていません。序盤を読んでも盛り上がるところがあまりなく、これからの展開に期待できません」


 生駒は抑揚のない調子で淡々と言う。

 丁寧な口調だが、鋭くえぐってくる。


「主人公がいきなりパラレルワールドに転移がしますが、なんで転移するか分かりませんね。大事件が起きてわくわくするところなのに、どういう意図で転移するのか、どんな技術的に転移が起きたのか理由が分からず、つっかかって興味を失います」


 それは重々承知の展開だった。だが社長発案なので変えられなかったもの。

 声や論調からシナリオに対して、生駒が何かしら敵意を抱いているのが分かる。


「ありがとうございます。参考に……」

「それと」


 このまましゃべられては面倒になると文見は流そうとするが、生駒はさえぎって意見を続ける。


「キャラがいまいち魅力的じゃありません。まず主人公が転移した先で命をかける理由がなく、感情移入できません。英結もたくさんいるのにどれも大して活躍しないので、はっきりいって影が薄いです。これだけ時間をかけて改善されていないということは、このまま修正を続けても難しいのかもしれません。ここはプロの監修を受けてはどうでしょうか。以上です」


(こいつか!!!)


 文見はもうちょっとで、声に出して叫びそうだった。

 前回文見をイラッとさせた意見を書いたのは生駒だと確信した。今回の態度と合わせて文見のシナリオをまったく信用してないのが分かる。

 そして内容を全否定と来た。

 文見も完全に納得がいった内容ではないが、社長の要望に応えながらも頑張ったのだ。それをどうして目の敵のように否定して来るのか。

 厳しい意見に一同は、きょろきょろと様子をうかがうだけで、誰も発言しない。


「そうかあ、なるほどな」


 天ヶ瀬がつぶやく。

 文見はすごく嫌な予感がした。


「生駒の言うことは一理ある。あとちょっと足りない気がしたんだよな」


(はあああああ!? こいつまた裏切りやがった!)

 

 文見は心の中で絶叫した。

 声は出さなかったが、表情まで隠せているか自信がない。

 天ヶ瀬は否定的な意見にきっと不安になったのだろう。

 だが社長として不安なコメントはできない。だからすべて知ったふうに発言し、文見を切り捨て、生駒を持ち上げた。文見はそう解釈した。


「松野はどう?」

「天ヶ瀬が思うなら直したほうがいいんじゃないか」


 天ヶ瀬は相棒の松野に意見を求める。いや、同意を求めて、松野はまさにそれに応えてみせた。

 会議にはキャラデザ担当の木津がいて真剣な顔をして座っていたが、特に話し合いに加わる気はないようだった。

 文見は仕方ないと思う。この状況では誰も発言できないし、ここで反論したら余計変な方向にいきそうだ。何より、文見自体がここで言い争うのは得策ではないと思っている。

 これで完全に文見の味方はいなくなった。


「そうだなあ。今回のはよくできていたが、我々は『エンゲージケージ』を越えるゲームを作るため、最上級のものを作り出さないといけない。となればシナリオもしっかりしたものにしたい。小椋、すまないがもうちょっと頑張ってほしい」

「は、はい……」


 完全にアウェイ。

 状況としては「スケジュールもやばいんだし、もうこれでいいじゃないですか」と言って、先に進んでもいいぐらいのはずだが、文見の立場でそんなこと言えるわけがない。

 スケジュールを理由に、品質を諦め作業を切り上げようと言えるのは、社長でプロデューサーの天ヶ瀬だけである。

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