5章 やり直し

第19話

「どうしても直さないとダメですか?」


 緊張に満ちた細い声。

 文見はプロデューサーとディレクターと会議室にいた。

 皆から出た意見を受けて、どう直すか方向性を検討した資料を文見が作成し、二人の判断を仰いでいるところだった。


「申し訳ないけど、あそこまで否定的な意見があると、直さざるを得ないな」

「でも、天ヶ瀬さんはこのストーリーがいいって言ってたじゃないですか」

「言ったけど……。私一人のゲームじゃないから、自分の意見を無理矢理通すわけにはいかないんだ」


 社長は苦笑いを浮かべる。

 会社を、仕事を私物化しない。そこは社長として守っている良識だった。

 ここは自分がゼロから作った会社で、自分で大きくしてきた。今は従業員も増えて、文見のように新卒も取るようになっている。かつては自分の好きなものを作っていたが、もはや自分だけの会社ではないので、できるだけ従業員の意見を取り入れたものを作ろうとしているのだ。

 やろうと思えば、自分の意見を押し通して、自分だけのゲームを作ることができる。社長兼大株主の権限だ。

 しかし、文見には社長が申し訳なさそうにしているようには見えず、裏切られた気持ちだった。

 このシナリオは、社長が原案を考えて、文見が膨らませることで完成した。社長の生み出した作品と言ってもいいぐらいだ。

 だから、社員がどれだけ文句を言ってきても、当然かばってくれると思っていた。「あいつら自分勝手なことを言ってるだけだから気にしないでいいよ」とばっさり切り捨ててくれると思っていた。

 だからこそ、あの苦行を乗り越えて翌日からも会社に来られたのである。なのにどうしてすぐに自分の作品を捨てられるのか。


(日和ったな……)


 社長もやはり人間で、あそこまで否定されることには耐えられなくなり、自信がなくなったのかもしれない。

 なら、そう言ってくれればいいのに。それならしょうがないかと思える。社長もダメだと思っているなら、さっぱりと捨てることができる。

 そこを正論で「自分の意見ばかりを通すことはできない」と言われても、文見は納得できなかった。

 でも当然、「そんな命令には従えません」とは言い出せない。

 「こっちは好きでこんな話を書いたわけじゃないです」とも「社長の指示に従っただけなんですけどね」とも言えない。


 文見は落ち着くために一回深呼吸をして言う。

 私は会社員。社長の指示に従うのが仕事。逆らっちゃダメ。


「では、どうしましょうか」

「そうだな。本来は今月から各パートが作業に入る予定だったが、少し待ってもらうとしよう。うーん……1週間、いや2週間。2週間で作り直して、なんとかリカバリーしよう」

「え、2週間ですか?」

「さすがにそれ以上、遅らせるわけにはいかないからな。もうベースはできているわけだし、そのぐらいあれば調整できるよな? 1週間である程度直して、またこの場で揉んで、計2週間で完成だ」

「ええ、まあ……。大丈夫だとは思います……」


 社会人の悲しいサガ。相手が社長だろうとお客さんだろうと、何か言われたら賛成してしまう。


「導入を変えるんですよね?」

「ああ、分かりにくいという意見が多かったからもっとシンプルにいこう。未来からやってきたボスとそれを止めようとしたヒロインって話だったが、それをなしにして……。そうだな。やっぱ、流行に乗って、主人公が異世界にいくほうが受け入れやすいんじゃないか?」

「い、異世界ですか?」

「『エンゲジ』だってそうだろ? 主人公が異世界で司令官になる話だ。あ、これいいんじゃないか! 売れる話の仕組みだし、『エンゲジ』とセット感があったほうが売り出しやすい!」

「え、ええ……。そうですねえ……」


 文見は困ってしまう。

 それではまるっきり違う話になってしまうではないか。それにそんなに直すのにどのぐらいかかるのか。


「主人公はもちろん日本人だな。あるとき、パラレルワールドに飛ばされてしまう。そこは日本とそっくりな世界。まあ、日本の遺跡が登場するんだから、そこも日本なわけだ」

「はあ」


 文見は「はい」と言うつもりだったが、後ろが流れてしまう。


「ヒロインも日本人。主人公は彼女に助けられて、遺跡の擬人たちと旅をすることになる」

「はい」


 これはもとの話に近い。軽い変更で済みそうなのでほっとする。


「ボスは……そうだなあ。ちょっと考えてみて。ここまで案出したんだから行けるでしょ」

「は、はい。なんとかやってみますが……」


 勝手に思いつきで設定を作られ、重要なところは丸投げされてしまった。


(パラレルワールド? 日本人の主人公がわざわざ日本に似た世界にいく意味ってある……? そのまま日本にいちゃダメかな)


 文見は社長の提案がいまいち飲み込めなかった。

 その場の思いつきだとはいえ、あまり品質がよくないと思ってしまう。もちろん言い出せないが。


「じゃあ、あとはよろしく」


 そう言って天ヶ瀬は松野と一緒に会議室を出て行く。

 松野はエンジニア側の人間なので、クリエイティブなところは口出しをしない人間だった。それぞれに専門があり、自分が偉い立場にあるからって、無理に自分の意見をねじ込もうとしない。

 一言二言しゃべっていたが、明確な意見はせず、天ヶ瀬に一任していた。創設者、経営者として、互いに領分を守り、いい関係を築いているのだろう。

 話がこじれないという意味では助かるが、変な方向に行きそうなときはディレクターとして助言をしてほしいと文見は思う。

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