第18話

「ディレクターがしっかり仕切ってくれたらなあ……」

「松野さんは自分のことしか興味ないからな。ゲーム作れたらそれでいいんだろう。専門はプログラムだし」

「でもディレクターだよ?」


 ディレクターは開発現場の最高指揮官である。

 日本語にすると「監督」という役職だ。ディレクターではなくもっと偉い役職だが、敬愛を込めて監督と呼ばれるゲームクリエイターもいる。

 プロデューサーがお金の管理、プロモーションなど外回りを担当して、ディレクターはそれ以外に責任を持つ。グラフィックやサウンドに精通していなくても、それぞれ判断して指示を出さないといけない立場だ。

 そして、シナリオパートのボスにして下っ端の文見を監督するのは、ディレクター松野になる。


「いい意味でいえば現場主義、悪い意味でいえば責任放棄、だな」

「うーん……」


 松野のやり方は文見にとって、よくも悪くもあり悩ましかった。自由にできるのは嬉しいが、何せシナリオの素人だからある程度は導いてほしいと思ってしまう。

 それはわがままなのだろうか。選ばれた以上は自分のパートは自分ですべてやらないといけないのか。


「まあ、自分でやるしかないんだよね……。はあーー」


 文見は大きなため息を吐く。


「さて帰ろ。帰って苦行の意見読みやらなきゃ」


 ディレクターは会社で集めてきた意見を精査することなく、文見に丸投げしてきた。それは文見になんとか処理しろ、ということだ。

 ここで愚痴を言っていても仕方がなかった。他の誰でもない文見が一人で、あの意見を読み、吸収しないことは先に進めない。


「小椋って案外タフだよな。俺なら今日はもう帰っちまうよ」

「えー、だってあんなの明日に持ち越したくないじゃん」

「そうだけど、もう読みたくないだろ?」

「だから久世にも読んでもらうわけ」

「え、俺も?」


 まさかという顔。

 同期といってもずうずうしかったかなと文見は思うが、ここで引いたら恥ずかしいので押してみる。


「どうせ外野だから読んでもダメージないでしょ?」

「まあねえ……。何もしてあげられない、って意味では人ごとだからな」


 久世は「エンゲージケージ」のプログラマーなので、「ヒロイックリメインズ」のシナリオとはまったく無関係であった。根っからの理系であるため、シナリオはまったく知識がない。


「しょうがない。同期のよしみだ、最後まで付き合ってやるか!」

「さっすが頼れる同期!」

「今度、寿司おごれよー」

「なんで寿司!?」

「それぐらいのお返しがあっていいだろ?」

「むう……。考えとく」


 それぐらいなら安いものだ。久世がいれば怒りを共有しつつ、なんとか苦行を乗り越えられるはず。

 久世はプロジェクトの関係者ではないので、タイムカードを切って完全なボランティアだ。

 全体に対する意見はネガティブでアバウトな意見が多かったが、個別の項目に関しては具体的なものも多かった。

 もちろんネガティブなコメントもだいぶあったが、親身になって考えてくれているものもあって励まされた。


・「桶狭間」というキャラが今川義元ベースなのは非常によいが、最近、義元をアホ貴族キャラにすると批判が大きいのでやめたほうがいいと思う。キャラのバリエーション的に変わったキャラが欲しいのは分かるが。

・ガチャを引かせたいならもっとあざといほうがよい。極端にイケメンか萌えの強いキャラをもっといれるべき。

・未来からやってきた敵というのは面白いと思う。しかしユーザーにはあまり頭のよくない人もいるので、単純明快な話のほうがいい。


「これは難しいね……。シナリオ単品での善し悪しはあるけど、売れる売れないは別のところにある気がする……。優秀な文学作品をゲームにしても売れないし、ゲームにはちゃんとゲーム向けのシナリオがありそう」

「ああ、確かに。いいキャラ作っても、ターゲットに響かないとダメだよな。男女で傾向はまったく違うし、どこに特化するか決めておかないと、ガチャ引いてくれないな」

「いかに作って、いかにターゲットに届けるかの判断もいるってことかあ。うーん」


 これまで単純に、優れたシナリオを、面白いシナリオを、というのも目指して作ってきた。いや、なんとか成立しているシナリオを、というのが正しいかもしれない。

 「このライター、シナリオの作り方を知らないのか?」「整合性とれていないものに金を払えって?」……そんな言葉をかけられないようにすることで必死だったのだ。

 けれどユーザーが望むのはもっと上のものだ。成立していて当たり前。楽しくて、かっこよくて、可愛くて、深くて、感動する。当然、ハイクオリティなものが欲しい。


「俺は巨乳がいればいいや。あ、メガネキャラも捨てがたい」

「えー!? ……って言いたいところだけど、いいねそれ」

「だろ? メガネは世界最強だ」

「そうじゃなくて、シナリオ視点ではフェチは重要だよね、ってこと。ゲームキャラにそういうフェチ……性癖っていうのかな。人それぞれのこだわりを研究してもっと取り込んでいかないと、多くの人を納得させられない気がする……」

「へー。思ったよりゲームシナリオは奥が深そうだ」

「こっちも商売だから、いい話を書くのも大事だけど、誰が買ってくれるかも考えないといけないんだね」


 いいシナリオに加えて、売れるシナリオ。

 それが文見の目指さないといけないものだった。

 同期とのオタトークは楽しかった。これが自分の仕事に直結しているんだから堪らない。こういうことができるのは、ゲーム会社の醍醐味かもしれない。


「ちなみにリアルでメガネの女性は?」

「へ? 二次元の話だろ?」

「巨乳は?」

「三次元でも大歓迎」

「あっそ」


 文見はいつもコンタクトレンズで、メガネは家でしかかけていない。そして、貧乳だった。

 終電をスルーして朝まで議論し合うのもいいかなと思ったけど、文見は切り上げて帰ることにした。

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