第15話
それから一ヶ月後、プロデューサーやディレクターと相談しながら修正を繰り返し、なんとかプロットはようやく完成に至った。
「やったーーー!! できたーー!!」
プロデューサーである社長には「よく頑張ったな。あのアイデアがここまで形になると思わなかった。任せてよかったよ」と言われた。
社長の想像を上回る出来だったようで、最高の仕事をやったと言えるのではないだろうか。
世界設定、メインストーリーのプロット、メインキャラ設定まで作成してある。あとはメインストーリーをさらに詳細化したり、サブストーリーやサブキャラを決めていったりすることになる。スマホゲームのシナリオは運営と共に長く続くものなので、のちのち追加するキャラもある程度、想定しておかなくてはいけない。
「これがあたしの書いたシナリオなんだ……」
まだまだ先は長いが、とりあえず作り上げたという達成感があった。
もう死んでもいい、とは思わないが、自分の作った資料を眺めていると、成長した我が子を旅立ちを見送るかのように誇らしかった。
ヒロイックリメインズの概要はこうだ。
舞台は現代日本。ある日、主人公が爆発事件に巻き込まれる。
現場には見慣れぬ服を着た異国風の少女が倒れていた。主人公は彼女を助けるが、この世界のことを知らないようで、どうやら他の世界から来たようだった。
日本中、古風な格好で武器を持った者たちが各地で大暴れしているとニュースが流れる。
彼女はその者を“英結”(えいけつ)と呼んだ。
リメインズエナジーが場所と結びついたことによって生まれた存在だという。
リメインズエナジーとは、これまでに地球で生きた人間や動植物のエネルギーが凝縮されたもの。化石燃料は動物の死骸が何億年もかけて堆積、圧縮されたものだが、それと同様にリメインズエナジーも地球の地下に埋蔵されている。
リメインズエナジーがその土地で起きた事件や人々の思いと結びつき、人の形となり、英結として活動している。いわば、土地に由来する付喪神のようなものである。
彼女は未来から来た人間で、リメインズエナジーと英結を悪用する人間から地球を守るために、タイムマシンでこの時代に来たという。
主人公は彼女の依頼で、英結を味方にして世界を救う旅に出る。
「設定、めっちゃよかった!」
「え、見たの!?」
「オリジナリティあっていいんじゃないか? 遺跡の擬人化もアリだなと思った!」
隣席の久世が話しかけてくる。
社運を賭けた新プロジェクトなので、できるだけ多くの意見を吸収しようと、完成した設定資料が社内で共有されていた。これに対してプロジェクト関係者は必ず意見を出すことになっていて、その他の人は時間に余裕があればということになっている。
「奥入瀬(おいらせ)と昇仙峡(しょうせんきょう)の渓流対決、めっちゃ盛り上がりそうじゃん! あと姫路城と松本城だっけ? 白黒で分かれて戦うのもいいな!」
「ありがと! いろいろ調べたかいあったよ! お城は秀吉派か家康派で色が違うらしいんで、敵味方にしてみたんだ。秀吉のほうが黒ね」
敵側も英結を使って戦いを挑んでくる。主人公と敵がライバル関係にあるのは当然だが、英結同士もバトルを通じて関係が作られていき、物語に深く関わってくるのだ。
これが文見の考案した本作の売りである。実際の名所の特徴や逸話を調べて、ゲーム内でもそれを擬人化したキャラたちが関連したストーリーを展開させる。
文見がアニメやゲームをたくさん見て感じたのは、擬人キャラが登場するものは現実とシナリオがリンクしていると、非常に感情移入できるということだった。現実に存在するものには、人々の強い思い入れがあるもので、それを和歌の本歌取りのようにイメージを拝借することで、より強いシーンを作りあげることができる。
「俺は意見出してないけど、これは一発で通るんじゃない?」
「出してよ! 褒め言葉なら大歓迎! 批判ならノーセンキュー!」
「いやぁ、めんどくさくてさあ。『エンケジ』の人は読んでも出さないんじゃないかな」
「まあ、忙しいからねえ」
同期の率直な言葉は素直に嬉しかった。
たくさん勉強したし何度も作り直した。そして社長のOKをもらっているのだから自信満々だった。
他の人からの意見で、ちょっとは直しがあるかもしれないが、少し修正すれば済むはず。そうすれば、次のステップに進むことができ、文見の書いた資料を元にして様々パートが動き始める。
「意見はいつ来るの?」
「ディレクターがまとめて、今日中に送ってくれるって」
「おっ、楽しみだね」
「うん!」
「『サイコーです!』『これなら大ヒット間違いなし!』『全米が泣いた!』とか?」
「はは、それならいいんだけど」
自分の作ったものをみんなに見てもらうのは緊張するが、人から意見をもらうのはなかなかない機会でとても楽しみだった。
同じような体験はコスプレでもある。自分と同じくそのキャラを好きな人が、こだわって作ったところに気付いてくれるとすごく嬉しいのだ。
今回のシナリオでも、ゲームを作っているゲーム好きたちが、自分のこだわりを分かってくれるか楽しみである。
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