4章 完成からの
第14話
文見は一心不乱に仕事に取り組んだ。
今売れているゲームはすべてやった。流行っているアニメもたくさん見た。許可をもらって仕事中にもやっていたし、家に帰ってからも見ていた。
「絶対にいい作品にするんだ!」
熱意を恥ずかしいと思われてもいい。素人なんだから、ダメなシナリオと馬鹿にされるのも仕方ない。
これは自分だけの仕事ではなくて、会社の大勢の人に関係すること。ユーザーにダメシナリオと言われたら、みんなに迷惑をかけてしまう。それは絶対に避けないといけない。
世には星のようにゲームがある。毎週のように新しいゲームがリリースされていく。ちょっと派手にしたり大胆にしたりぐらいでは、天の川を構成する名もなき星の一つになってしまう。
少しでもこの拡大し続ける宇宙に爪痕を残せるようにと、文見は死ぬ気で一番頑張った。
「立ち止まったら負け……。どんどん吸収しなきゃ……」
家でも仕事のようなことをやっているから、心は休まることがなかった。土日は休むべきだが、足りない知識とセンスのままシナリオを書かないといけないのは不安で仕方がなく、土日もアニメを見続けてしまった。しょせん付け焼き刃というのは分かっていたが、何もしないでいると押しつぶされそうだった。
大学時代に大はまりして、コスプレのきっかけとなった「ドラスティックファンタジー」(略称はドラファン)もまたゲームを再開してみた。やってみると今でも面白く、ついついやりこんでしまう。
それはむしろ、現実逃避だったかもしれない。
「やっぱいいキャラしてるなあ! 尊い!! 好きだー!!!」
残業も死ぬほどしているから、これぐらい贅沢してもいいだろうと思って課金すること7万円。文見が1番好きなキャラの新衣装バージョンをガチャで引き当てた。
最近のゲームは「天井」といって、ガチャをたくさん引いて、一定額に達すると、必ず最高レアのキャラやカードがもらえることになっている。
文見はガチャ運悪く、天井にてそのキャラをゲットしたのだった。
「いやー、スマホゲーがもうかるわけだよね……。ああ、7万あったら何買えた?」
今日1日で、というよりもこの1時間……いや10分程度で7万円をゲームで消費してしまった。ストレスや寝不足もあって、さすがにやらかしてしまったと文見は思う。
文見のようなユーザーが100人いれば、日商700万円ということになる。ゲーム会社はその日だけで、文見の給料と社会保険料もろもろを支払えるかもしれなかった。
大枚をはたいて手に入れたキャラは、やっぱり思い入れが強く、使い込みたくなる。あまり有効でないときも出してしまうし、文見の場合はコスプレしたくなる。
「この新しい衣装いいなあ。レインのよさを分かってる! 久しぶりに作ろうかなー」
ゲーム画面を眺めているだけでワクワクが止まらない。それだけでも7万円の価値があったんじゃないかと思えてくる。
文見の好きなキャラは、レインという男性キャラだ。
名前の通り、あまり男々しておらず中性的で、クールな美形キャラだった。線が細く、あまりバトル向きではないが、精神的に大人で他のキャラに信頼されている。
前髪が長く顔にかかっているため、物静かで暗い印象もあるが、内面にネガティブなところはまったくなく、何事もポジティブにあたる。
「やまない雨はないから」というのが口癖で、いかなる困難にも屈することなく、眈々と勝機を探している。
文見はキャラの見た目も気に入っていたが、その心の強さにも憧れ、自分もそうなりたいと思っていた。それがそのキャラになりきる、つまりコスプレをするきっかけであった。
「これ終わったら作ろ。絶対作ろ」
けれど初めてのシナリオ作業が楽なわけがない。考えるだけでも時間がかかり、それを明文化するのはもっと時間がかかる。
仕事が終わらず、帰るのは遅くなり、睡眠時間も比例して減っていく。
「小椋、寝てる?」
「へっ!? 寝てないよ、寝てないよ!?」
隣席の久世に突然話しかけられ、小椋は体をびくっと跳ねさせる。
「そうじゃなくて……。家帰って寝てる?」
「あ、そういうことね……。ちょっとは寝てる」
居眠りを指摘されたかと思って、文見はびっくりしたのだった。
ちなみに寝てない。真剣に文章を打ち込んでいた。
「全然仕事進んでなくてね……」
「あんまり寝不足続くと体調崩すぞ」
「うん、気を付ける」
そう言ったものの、今日も早く帰れないなーと文見は思う。
「それにもう崩れてるぞ」
「え?」
「グッズ」
「ああっー!?」
文見の席から久世のほうへ、キャラクターのアクリルスタンドやミニフィギュアが雪崩を起こして倒れていた。
ドラファンのグッズだった。ストレスのあまり、ドラファンの絵を見るとついついネット通販サイトで買い込んでしまっていた。そして、ちょっと嫌なことがあるたびに、会社の机に並べていたのだ。
ゲーム会社の机は、社員それぞれの好きなキャラのグッズが並んでいることが多い。つらいことがあったとき、好きなものを見ると頑張れるものなのである。
「ごめん! すぐ片付ける! ……ああっ!」
慌ててグッズをしまおうとしたとき、勢い余ってグッズが転落してしまった。
「ゆっくりでいいから……。それより、ちゃんと寝ろよ」
「うん……」
シナリオ担当は一人だけ。ゆえに自分がやらないと誰もやってくれず、自分が進めないと進捗ゼロ。
結局、文見はしっかり眠れることができなかった。
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