第13話
「でも、コラボっていいなあ。新プロジェクトも、どっかとコラボできないかな。でもうちの会社、他とつながりないよねえ……」
他社とのコラボで、他ゲームのキャラを登場させたことがなかった。それはまだノベルティアイテムが無名だからである。
コラボは相手にもメリットがあって成立する。ノベルティアイテムとの効果は低く、正しくキャラのブランドを守った扱いをしてくれる会社なのかも分からないので、大手はあえてコラボしたいとは思わないわけだ。
コラボするには、危ういことはせず、企業やユーザーからの信用を少しずつ積み上げていくしかない。
「んー、遺跡擬人化ゲームだと相性悪いかな。コラボしにくいかも……」
コラボはそのゲームのファンが興味を持ってくれるので、ユーザー数を増やすには最も良い施策の一つ。しかし、ゲームの世界観を壊す恐れがあり、諸刃の剣になることもある。
「和風になるのは間違いないから、日本っぽいキャラとならコラボはアリか。でも、そういうのはゲームをリリースしてからの話だよなあ。売れるか分かんないゲームとコラボしたいわけないし。……って」
文見ははっとする。
売れるか分かんないゲーム。
自分でそう言っていて、自身にダメージを受けてしまう。
「売れないゲームにするのは、あたし自身か……。あたしが売れるようにしなくちゃいけないんだよね……。よそとコラボしたいなら、相手が売れそうって思う内容にしなきゃ……」
まだ形にもなっていないものが売れるかどうか分からない、というのは当然のことだが、それを作っているのは自分自身で、売れるように頑張るのは自分の仕事である。
だから売れなかった場合は、ゲームのせいではなくて、自分のせいだ。相手がコラボしたくないと思われる状況になってしまったならば、その元凶は自分にある。
「頑張ろ……。死ぬほど頑張ろ……」
文見は閉じたファイルを最初から開き直す。
ここに正解はないから不要だ、と思ってすぐ閉じたものだ。
正解は確かにそこになかった。でも失敗がある。今の「エンゲージケージ」はその失敗を経験して、なんとかリリースまで持ち込み、今の大成功を勝ち取ったのだ。
文見がこのファイルから学ばなければいけないのは「失敗」だった。
「井出さん、ごめんなさい……」
きっと井出も「こんなに人気声優使えるわけない。夢見過ぎでしょ」と社長に怒られながらリストを作ったに違いない。先達の失敗から、無用な工程をなくせるよう工夫するのが、後進の仕事である。
何も知らないのに偉そうに批評してしまった自分を恥ずかしく思うばかりだ。どうして他人事のように考えてしまったんだろう。新プロジェクトのシナリオ担当は自分だ。ならば、自分が責任持って、「これは素晴らしいゲームです」と胸を張って言えるぐらいの品質に高めていかないといけない。
「社長に認めてもらったんだから、学生気分って笑われないようにしないと」
気を取り直して、今度はファイルを丁寧に確認していく。
使えないように見えて、役に立つ情報がきっと隠れているはず。それを吸収してすごい作品を作ってやるんだ。
「へえ、ケージは初期からあったんだ」
「エンゲージケージ」は、タイトルにあるように「ケージ」というものが登場する。
これは様々な「檻」を指し、檻からキャラを解放することで、ハッピーエンドをもたらしていくことになる。キャラによってそれは、姫が洞窟に閉じ込められているといった物理的なものであったり、親友の死によって明日へと踏み出す勇気がない精神的なものだったりする。
そのバリエーションがあまりにも多彩で、ケージから解放するという、視覚的にも感覚にも分かりやすいことが、様々な層のユーザーの獲得につながった。コアファンはシナリオを読みたくてガチャを引くという。
「井出さんのアイデアだったんだ、すごいなあ。私も、こういう要素をうまく入れ込んでいきたい……」
ワードの図形作成機能を使って、ケージの表現方法が描かれている。あまり上手とは言えないが、どんなものを作りたいか、その熱意が伝わってくる。
「んー……そっか。戦闘も、シナリオが絡んでるんだ」
井出のファイルに戦闘パートのことも書いてあった。
「エンゲージケージ」のバトルシステムはシンプルで、ほとんどオートで戦うことができ、必殺技のタイミングをユーザーが決めるぐらいの戦略性である。ゲームの肝としては、パーティー編成にあり、どんな属性や特性を持ったキャラを組み込むかで強さが決まるので、何千何万通りの組み合わせを楽しむことができる。キャラが増えるだけ幅が広がるので、それが定期的にガチャを引かせたくなり、マネタライズにつながっている。
「わっ、エンゲージリンクも井出さんの発案!? すごっ!」
エンゲージリンクは戦闘中の必殺技である。キャラの組み合わせによって様々な効果が発動する。
エンゲージは契約や婚約という意味がある。主人公とキャラとの契約、婚約のような絆という意味が込められている。それを表現するものとして、必殺技となっているわけだった。
リンクはそのままキャラとのつながりを意味しているし、指輪の「リング」もかかっている。
「なるほどね……」
適当なネーミングのようで、世界観や制作者の思いが込められていると知り、文見は感嘆するばかりだった。
そして、シナリオパートの仕事は、設定やプロットを書くだけではないことにも驚いた。井出はゲームシステムでどうやれば世界を表現できるかを他パートに提案していた。
「ん、なんか小さい文字で書いてある。『敵と交戦することもエンゲージというのでどこかで表現したい……』って、メモ? どっかでそんな表現あったかなあ。戦闘で見たことないけど没になった? でも、なんで小さい字?」
その資料から文見は知ることができないが、井出が提案しようと思ったものの、いい案が思いつかなくてそのままになってしまった仕様であった。時間があれば何とかしたかったし、そのメモを見た人がアドバイスをくれたらいいなと思っていた。
「入ってたら面白そうなのになあ。もったいない」
そう言って文見はファイルを閉じた。
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