第12話

 結局、井出の資料が届いたのは翌日だった。


「まあ、そうなるよね……」


 文見は井出からのメッセージを夜まで待っていた。アイデア出しをしながらなので、無為な時間を過ごしていたわけではなかったが、早く資料が欲しくてずっとそわそわしていた。

 メッセージの送信時間は朝の五時。今、井出は会社におらず、どうやらその時間に電車に乗って帰ったようだ。


「って……なんだこりゃ……」


 結論からいうと、文見が求めているプレゼンに使えるような資料はあまりなかった。

 メインキャラの設定、ストーリー案、音声収録脚本など、今まさにリリースされているゲームに関わる資料は、ファンなら垂涎物もの。身内しか見られない貴重な資料であり、会社の財産だ。

 その他は個人的な書き殴りだったり、今とはまるで異なる設定だったり、何に使った資料なのか分からないものばかりだった。


「ふーん、立ち上げのときからだいぶ変わってるんだなあ」


 今の仕事の役には立たなそうだったが、「エンゲージケージ」ができあがるまでを垣間見られるのは面白かった。

 今では人気タイトルとして骨太のシナリオが形成されているが、当初はだいぶ違うようだ。


「へえ、もともと主人公自ら戦うゲームだったんだ。装備で見た目が変わるのいいな。なんでやめちゃったんだろ?」


 今リリースされている「エンゲージケージ」は、簡単に説明すると次のような感じである。

 現代人である主人公が異世界に飛ばされ、お姫様に世界を救ってほしいと頼まれる。他の世界からもいろんなキャラが召喚されていて、主人公は司令官として彼ら彼女らに指示を出し、強大な敵と戦うことになる。

 しかし、主人公は会話に登場するだけで、自ら敵と戦うことはしない。見た目もけっこうおざなりで、画面に表示されることも少ない。

 登場キャラはすべてオリジナルだが、騎士や武士、魔法使いや巫女、アサシンや忍者など、いろんな国や時代のモチーフを使ったキャラが登場する。いろんな時代から出せるようにしたのが成功の秘訣と言われていて、あとからドイツ風傭兵団、アメリカ風ガンマン、中国風歴史家などを追加しても違和感がなく、拡張性が非常に高かった。

 文見は引き続き、井出からもらったファイルを開いていく。


「何これ、声優一覧?」


 ファイルには声優の名前がたくさん載っていた。

 どうやらキャラに音声をつけるとき、こんな声優に声を当てて欲しいという希望を書いたものだった。


「うわー、有名どころばかり!」


 文見はそこまで声優に詳しくないが、そのリストに出てくる声優はほとんど知っていた。

 今リリースされているゲームに出てくる声優とはだいぶ違っていて、メインキャラクラスは少しリストの通りになっているが、他は叶わなかったようだ。


「これでゲーム作ったら、すごいお金かかりそう。夢見過ぎでしょ」


 この感覚は、文見が一般ユーザーから制作サイドに回ったから生まれたものかもしれない。ユーザー感覚だとひたすら有名な声優を採用して、イケボ、カワボで埋め尽くしたいと思ってしまうが、制作サイドは予算に合わせて声優を選ばなくてはいけない。


「有名人使えば、それだけいいゲームができるんだろうけど、予算も意識しないとなあ。……このプロジェクトはあたしが声優選んでいいのかな? ちょっと楽しみだけど、恥ずかしいな。ちゃんと選ぼ」


 非常にそわそわする。全知全能の神になれたが、その行動は人々に監視されている。自分の趣味を取り入れすぎると、欲望にまみれたミーハーと社内で笑われそうな気がする。


「次は、っと……。キャラ候補のファイルかな。えっ、『赤のつなぎの男』?」


 開いたファイルには、設定とラフのイラストが貼り付けてあった。

 赤いオーバーオールに赤い帽子。大きな鼻の下には、特徴的なヒゲが生えている。


「マリオじゃん……」


 完全に他社のゲームキャラである。


「とりあえず候補だからって、変なものも混ぜたみたのかな……。正式なコラボで登場させるなら全然アリだけど、さすがにパクリはちょっとねえ……」


 どういう迷走をしたら、他社のキャラにそっくりなものを出そうとするのか、まったく見当がつかなかった。面白いと言えば面白いが、著作権的にNGだから訴えられても仕方ないだろう。

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