第10話
「んんん……んんー」
久世がチャットにいそしんでいる横で、文見はうなっていた。
世界観やストーリーに関して企画書に書かれている内容は、久世と話したぐらいのものしかなかった。つまり、あとは自分で考えて、膨らましていかないといけないのだ。
「どっから着手すればいいんだろ? いきなりメインストーリーを作るわけにはいかないよね……。やっぱキャラの選定から? となると、みんなが知ってる名所がいいよね。……いや待てよ。そもそも、なんで名所が擬人化して、動き出するんだ? こいつら神様か何か?」
文見はアニメやゲームに詳しいが、シナリオを書くのが初めてだった。ゲームシナリオを作るとき、どんな手順で作業していいのかまるで知らない。
いきなり初心者がシナリオライターなんかやっていいのか、という不安に思っていた問題にぶつかってしまった。
まずは看板キャラといえる、主役となる名所を選んだほうが、全体のイメージが湧きやすい気がする。本作の主人公は真田幸村だ、ジャンヌダルクだ、と宣言したほうが、どんなゲームになるのか分かりやすいものだ。
けれど、そもそも名所を擬人化することに需要があるのかも、やはり気になってくる。キャラが「俺は三内丸山遺跡だ!」と登場して、ユーザーは嬉しいのだろうか、その状況を理解できるのだろうか。
自分を納得させるためにも、どうして名所が擬人化して登場するのか設定を固めて、名所の擬人化が魅力的であることを示したほうがいいかもしれない。
そう思ったところで、社長から社内チャットでメッセージが来た。
正式なのは来月でいいから、簡単な資料できたらゴールデンウイーク前には共有して。
「そっか、資料にしないといけないんだよね……。どうまとめたらいいんだろ……」
社会人の重要な仕事といえば、資料作りだ。これはゲーム会社も同じである。
多くの人に理解してもらうため、記録に残すために、主張したいこと、自分がやりたいことを文として書いていく。
口頭で議論するのも大事だが、あとで必ず齟齬が出てしまう。文章にまとめるのは非常に大切で、その技術は地味だが非常に重宝される。
「そうだ、聞いてみよう!」
分からないからできませんでした、なんて通用しない。佐々里はそれで教えてもらえなかったけど、ここは二年お世話になっているホームで、自分は愛されるべき数少ない新卒採用社員。
資料作りは前例にならうのが基本。きっとゲームシナリオも過去に作った資料があるはず。なら、それにならって書けばいいだけ。
文見はぐらんぐらんと体を揺らしながら悩むのをぱっとやめて、「エンゲージケージ」のシナリオライターである井出の席に向かった。
「井出さん、ちょっといいですか?」
ボサボサ髪で無精ひげの男が、パソコンに向かって激しくキーボードを叩いている。イヤホンをしていて文見の声が届いていないようだ。
「井出さん~! 井出さん~!」
肩を叩こうかと思ったが大先輩に触れられるはずもない。横から乗り出して視界に入るよう、手を振ってみせる。
ようやく文見に気付いて、井出はビクッと幽霊に遭遇したような反応し、慌ててワイヤレスイヤホンを外す。
「あー、ごめんごめん」
この会社では、私服はもちろん、イヤホンして音楽を聴きながら仕事をするのが許容されていた。
ゲームのモニターをするとき、音を垂れ流してプレイされると、うるさくて仕事の邪魔になるからだ。
本当はゲーム中の音声確認しか許されていないのだろうが、聞いているのがゲームなのか、勝手に聞いている私物の音楽なのか判別するのは大変なので、誰も気にしないことにしている。
後輩の相談は大切なので、井出も鑑賞を邪魔されてむっとしたりはしない。さすがに音楽を聴いている負い目がちょっとある。
井出は「エンゲージケージ」の立ち上げメンバーで、本タイトルの設定全般を担当し、ほとんどすべてのシナリオを書いている。ヘルプとして関わっている人は他にもいるが、井出がこの会社で一番シナリオ制作について詳しい。
「えーっと、新しいプロジェクトだっけ?」
井出はそう言うと、すぐに顔を画面に戻してしまう。
「はい。設定を任されたんですが、何から初めていいか分からなくて」
「あー、新しいゲーム作るのって大変だよねえ。当時苦労した気がするよ。決めることいっぱいだし、資料も書くのも時間かかるんだよねえ」
「そうなんですよ! それで今、困っちゃって」
「だよねえ。初めてのことは分からないよねえ。社長から手伝ってと言われたけど、俺には『エンゲジ』あるから断っちゃった。大変だと思うけど頑張ってね」
井出はちらちら文見を見て返答するものの、キーボードを打つ手は止まることがなかった。
ながら対応をされるのはあまりいい気がしないが、生気のない肌、くたびれた服、空のペットボトルやエナジードリンクが乱立した机を見ると、「ちゃんとこっちを向いてしゃべってください!」とはとてもお願いできない。
だが井出はそんな気遣いなど知らず、そのうち文見が隣のいるのを忘れて、キーボードに夢中になってしまう。
井出の作業を見守ること三分、井出は会話していたのを思い出し、横を見ると文見が戸惑った様子で作業を見守っていた。
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