3章 立ち上げ

第9話

 いよいよ新プロジェクトが始まった。

 プロデューサーである天ヶ瀬社長が企画書を書き起こしたばかりで、まだ形は何もない。

 戦闘、フィールド、UI(ユーザーインターフェース)、モデルなど、各パートのリーダーが選出され、企画書に基づく、大まかな方針を検討し始めたところだ。

 ディレクターは村野。社長の親友で、二人でノベルティアイテムを立ち上げた。アプリ開発の会社にいた凄腕プログラマーで、何でも自分で作り上げるというフロンティア精神を持っている。常務取締役というポジションになるが、経営には口を出さず、開発に徹している根っからのエンジニアである。

 天ヶ瀬、村野は「エンゲージケージ」(略称は「エンゲジ」)のプロデューサー、ディレクターも担当していたが、そのまま新プロジェクトも兼任することになる。

 そして、シナリオパートは三年目の小椋文見が務める。だがメンバーは文見一人。

 設定やストーリーの大筋が決まるまでは一人で動くしかない。文見が考えて文章にまとめ、プロデューサーとディレクターと相談しながら承認を得ることで決定となる。

 裁量の大きい仕事で自分の意志が通りやすいが、自分がやらないことには何も進まないため、責任はあまりにも重大だった。設定が決まればそれからは、他の社員に手伝ってもらったり、外注ライターを雇ったりして、ひたすらセリフを量産していくことになる。


「ヒロイックリメインズ(仮)か」


 それがこれから作るゲームの名前だった。

 文見はプロジェクトメンバーに配布された企画書に目を通していた。

 リメインズとは、残りもの、遺作、遺跡、遺体といった意味である。

 本作の場合は遺跡。

 驚くなかれ。なんと! 遺跡が擬人化してヒーローになる世界を舞台としたゲームなのだ。


「遺跡が擬人化? なにそれ……」


 隣席の久世が半笑いで言う。


「ちょっと! 見ちゃダメだって!」


 文見は慌ててモニターを手で隠す。

 久世が横から、モニターに映った企画書をのぞき見ていたのだ。

 企画書の内容はまだ社内でも機密扱いである。小さい会社なので決まりは緩いが、一定の手続きを踏んで企画会議を行い、承認を得られたら本決まりとなり、公に動くことができる。

 だが、まだこの企画書は企画会議も行われていない、未完成、未承認のものだった。


「擬人化ブームってあったけどさ、遺跡って需要あんのかなー?」


 久世はこの企画内容に否定的だった。

 このアイデアを出したのは、プロデューサーである天ヶ瀬なので、内容に対する批判は社長批判になってしまう。


「まあねえ……」


 批判はよくないけれど、文見も企画書の内容に疑問がないわけではなかった。


「擬人化って何があるっけ? えーっと、軍艦、戦車、刀剣、銃、馬、国、城、妖怪、星座、食べ物……。んー、使い古しすぎて、なってないものはなさそうだなー」

「神社の擬人化もあって、話題になったよね」

「あったあった。でも実在の神社を出すのはどうなんだって炎上したやつだな」

「宗教的なのはセンシティブだからね……。結局、ゲームはリリースされなかったんだっけ。あれが自社のことだったら、大変だったろうなあ……」


 自分が死ぬ気で何年もやってきた仕事は全部パーになるわ、あちこちからクレームが来るわ、というのを想像して、文見は気が滅入ってくる。


「アイデアは悪くなかったと思うんだよなあ。みんなが知ってる有名な神社はいっぱいあるし、ビジュアルもいいし、名前もかっこいいしで。……けど、遺跡はどうなんだ……」

「そんなに遺跡は嫌? ご当地の擬人化キャラはいっぱいいるでしょ。温泉や鉄道とかあったけど、けっこう流行ってるじゃない? 町おこしになるからって」

「えー、そうかもしれないけど、遺跡だぞ? すげー古くさくてぱっとしない。神社は古いのがかっこいいんだろうけど、なんか遺跡はただ古くさい気がすんだよな。えーとなんだ、三内丸山遺跡とか? 何時代だよ、何県にあんだよ?」


 三内丸山遺跡とは、青森県にある縄文時代の遺跡である。

 縄文時代といえば建築技術が低く竪穴式住居しかないイメージだが、三内丸山遺跡では巨大な6本の柱が見つかり、巨大な建造物があったと判明した。興味のない人にとってはどうでもいいかもしれないが、専門家には世紀の大発見であった。


「まあね……。貝塚とか古墳とか? 大昔の遺跡はちょっと微妙だよね、地味だし。でもこのゲームは、遺跡というより『名所』の擬人化みたい」

「名所って……景色のいいところ?」

「それもあるね。渓谷や滝が出てくる。あとは合戦場。たぶん桶狭間とか、関ヶ原が出てくるのかな」

「ああ、なるほど!」


 久世は大きく頭を上下に揺らしながら、手を打って言う。


「信長みたいなのが出てくるのか。それはアリかも。桶狭間なら今川義元なのかな? モチーフが分かりやすいやつならけっこうイケそう」


 久世は、刀を持って甲冑を着た戦国武将のようなキャラを想像したようだ。

 企画書には登場する名所の候補が書いてあった。

 まだアイデアレベルだろうが、華厳の滝、姫路城、関ヶ原、白川郷、屋久島、黒部峡谷、吉野ヶ里遺跡などが並んでいる。遺跡というとあまり面白そうなイメージはないが、名所ならば知名度もバリエーションもあって、いろんな展開が考えられそうだった。


「吉野ヶ里遺跡って日本100名城の一つなんだ? へー」


 文見はスマホで、企画書に書かれていた名所を調べている。

 吉野ヶ里遺跡は弥生時代の遺跡である。城といえば戦国時代のものが思いつくが、相当古いものだ。集落の周りに大規模なお堀が作られ、それが原始的な城ということらしい。邪馬台国の都市だったのではという説もあり、かなり重要度の高い遺跡である。

 ちなみに堀は壕であって、濠ではない。掘った溝に水が流れているかは重要な問題らしい。


「で、どんなゲーム性? もっと下、見せて」

「ダメダメ。まだ秘密だからね。漏らしたとなったら、あたしが怒られちゃう」

「ちぇー。わかったよ」


 久世はそう言ったがあまり信用できなかった。きっと同じく口の軽い同僚に社内チャットをし始め、さらなる情報を聞き出そうとするだろう。さすがに社外に漏らすほど愚かではないけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る