第8話

「まあいいじゃん! それが分かるほどいい経験したってことだろ?」


 どんよりした空気を打ち破るように、うなだれる佐々里の肩に腕を回して久世が言う。

 ずっと真面目な話だったので黙っていたが、我慢しきれなくなったらしい。ムードメーカーとしての活動を開始する。


「次はどこ行くんだ? もっといい会社探そうぜ! 世には星の数ほどいっぱい会社あるんだからな! それにゲームがダメなら、他の業界行くのもアリだろ?」

「ああ、そうだな……」


 底抜けの明るさでポジティブに久世がフォローするが、佐々里の顔は暗いままだった。


「会社は辞めたくてしかたないんだが、行くところないんだよ……。お前らも分かってると思うけど、俺らまともな会社員やってないだろ?」


 佐々里はそれぞれの顔を見て、同意を求めてくる。


「朝が遅い、よれよれの私服出社。残業は長くてだらけすぎの勤務。それに、まともな敬語は使えず、上下関係もいい加減。ワードやエクセル使えても、ニュースや新聞は見ないし、日常会話はオタトーク。社会人としてゴミなんだよ、ゲーム会社の社員っていうのは……」


 ひどい言いようだが、思い当たるところがいっぱいあり、文見たちは口元をゆがませる。


「えっと……。ゲーム会社の社員は、他の業界ではやっていけないってこと……?」


 恐る恐る文見が尋ねる。


「そういうこと。社会人スキル足りなすぎ。オタ知識、オタスキルなんて普通の会社じゃなんの役にも立たないんだ。アニメが好き、ゲームが得意なんて主張しても、キモがられるだけ。真面目な顔して『それが弊社の業務でどのように役に立つとお考えですか……?』って言われるぞ」

「ひいっ!?」


 耳と胸が痛い。

 最近、ゲーム大好き、コスプレ大好きと、社長面談で堂々と語った人間は誰だろう。これはゲーム会社だから許されることで、一歩その業界を出れば絶対に許されない。愛するオタなトークは、仕事に役に立つようなことではないから、心に潜めておくものだと思っていたが、実際に役に立たないと言われるとつらいものがある。

 他にも社会人スキルはまったく自信がない。部活やゼミの延長上のような環境で仕事してるため、他の社会人と並んだら一発でだらしなさがバレる気がする。


「それじゃ会社に残ったら? ゲーム会社の社員はゲーム会社でしか務まらないんでしょ」


 そこで、ばっさりと木津が言った。


「木津は相変わらず、容赦ないな」

「生きるか死ぬかの話でしょ? なら遠回しに言っても仕方ないじゃない」

「死ぬかって……まあそうなのかもだけど……」


 至極もっともな正論。

 二年以上の付き合いなので、佐々里も木津節には皆慣れていた。率直な物言いは必ず本人を思ってのことなので、言われても悪い気はしない。心に刺さることはあるけれど。


「恥ずかしい話だが……お前らの前だからな。素直に言おう。……つらいんだよ。会社に居場所がないんだ……」


 これまで真面目ではあったけど、愚痴っぽかったり、冗談も混じってたりで笑い飛ばせるような話だった。けれど急に真剣なトーンになり、文見は思わず、つばを飲んでしまう。

 佐々里は髪をくしゃくしゃにかいて続ける。


「実は、ある仕事がうまくいかなくて、使えない新人扱いされちまったんだ……。さっきも言ったように、よくやり方が分からなかったこともあるし、俺がダメだったのもある。そのせいで、さらに居心地が悪くなったんだ……。一回の失敗くらいで闇堕ちすんな、挽回してみせろって思うかもしれないけど……漫画やアニメみたい、そんなチャンスがないんだよ。余計仕事をくれないし、教えてくれなくなった。きっと、このまま孤立させてやめるまで追い詰める気なんだぜ、あいつら……。結局、俺は会社にとっていらない奴だったんだよ……。そうだよな、二年ゲーム会社に勤めただけの凡人で、別にスキルも才能もないからな。失敗したらただのお荷物だよ……」


 会社が悪い、業界が悪いというのは表向きな愚痴。しかし、佐々里は実際の失敗によって、もっと悪い状況にあった。

 そこに偽りなし。冗談もなし。そのつらさが痛いほどに伝わってきて、何も言えなくなってしまう。

 当然、そこまで深刻な状況ではなく、佐々里の被害妄想の可能性もある。でも、文見にはそういうこともあるのではと思えた。だって、赤の他人にこんな劣等感をさらけ出せないものだから。

 しーんとしてどんよりとした空気を打ち破ったのは木津だった。ワインを一息で飲み干して言う。


「何も考えてないって。人は他人にそんなに興味持ってないから」


 思わぬ言葉に文見は目を丸くする。


「佐々里も、他の社員のことなんて何も思ってないでしょ? 今日は元気かな、仕事は楽しんでるかな、とか思ってあげてる? それは周りも同じ。特に新しく入ってきた人なんて、ほぼ赤の他人なんだから気にするわけがない。興味を持ってほしいなら、まずあんたから興味を持て。話はそれからだ」


 まるで漫画やアニメの登場人物のようなセリフを吐く木津。

 皆がぽかんとする中、佐々里は目を潤ませる。


「木津……。お前、そこまで俺のことを思って……。結婚してくれ!」

「しねえよ、ボケ!」


 木津は思っていることを率直に言う女である。

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