第7話

「雑用に高い給料払ってくれるなんていい会社じゃない?」


 愚痴を吐き出しまくる佐々里に、トゲのある言い方をしたのは木津だった。

 けれど、木津の言うことに思うところがあったのだろう。佐々里は神妙な顔で答える。


「ああ……それだよ、それ。俺も気にしてたんだ……。向こうは、入ったばかりの俺に何ができるか分からないから、仕事を与えにくかったんだろうけど、役に立てないのはまずいし、『もっと仕事をやらせてください』ってお願いしたよ。それでさ、次のイベントの施策を任せてくれることになったんだ。だけど問題はさらに起きる。……誰もそのやり方教えてくれなかった。ああ、もちろん黙って待ってたわけじゃないぜ? ちゃんと先輩に聞いて回ったが、『今忙しいから』『自分で考えろ』『楽しようとすんな』とかで、まともに取り合ってくれないんだよなあ……」

「おかしな話ね。会社の損にしかならないのに」

「ほんとだよ。せっかく採用したんだから、ちゃんと働かせてくれよお。会社って意味分からないな!」


 そう言って佐々里は、店員が持ってきたばかりのビールをあおる。

 文見は思わず言う。


「それで、やめちゃうの? ゲームはかなり好調だし、そのまま会社にいれば安泰でしょ? 入ったばかりで、仕事慣れないのは分かるけど」


 非常にもったいなく思っていた。せっかくビッグタイトルの仕事がしたいと言って転職したのに、入社数ヶ月でダメだと判断するのはあまりに早計すぎる。

 佐々里は何度目かわからないため息を吐いてから言う。


「……結局のところ、職場が回ってないんだよ。みんな自分の仕事に精一杯で、他の人を見てる余裕がない。人が足りないから人を雇うが、その人を育てる余裕がないんだ。みんな中途社員で、ろくな教育もなしに現場投入されるから、意味分かんないまま仕事してるし、そこにやってきた新人を育てる時間も義理も能力もない……」


 その語りはさらにトーンダウンする。


「ノベにいたときは、部活みたいに言い合いながら仕事してて楽しかったな……。そりゃあ、長時間勤務とか怒られたりでつらいこともあったけど、今さらながら恵まれていたんだと思う。やりたいことをやれるかは重要だけど、仕事環境ってのも重要なんだな……」


 ノベとは社名のノベルティアイテムのことだ。

 社長曰く、ノベルティは「斬新」という意味で、そこにゲーム用語っぽい「アイテム」という言葉をつけたとのこと。ノベルティと言えば、記念品や販促物の意味合いのほうが強く感じてしまうが、それは織り込み済みだという。ゲームを楽しむユーザーにとって、心に残る記念品になればという思いがある。

 佐々里にとっては振り返って見れば、ノベルティアイテムでのことはいい思い出となっているようだった。だからこうして、そのときの同期と話したいとみんなを呼んだのだ。


「会社が好きになれるか、か……」


 佐々里の言うことも分かる気がして、文見はつぶやいた。

 人間のトラブルのほとんどは人間関係だという。仕事内容の合う合わないもトラブルとなり得るが、一番大きいのは職場における人間関係が合うか合わないかだ。

 ノベルティアイテムは証券マンだった天ヶ瀬が起こした会社。

 ハードな金融系の仕事につかれ、夢を追ってみたくなって独立した。大学時代の親友である村野を巻き込み、スマホアプリの開発を行って成功。とあるゲーム会社からミニゲームの開発を依頼され、ゲーム会社となっていった。社員ゼロからスタートした会社とあって、人間関係は密接で上下関係はあまりなく、まさに佐々里の言うように部活のような環境だった。自分たちが会社を大きくした、という自負もあり、新人教育も自分たちの責任だと思い、注力していた。


「今時の言葉じゃないけど、愛社精神みたいなのは必要なのかもね。というより、帰属意識?」


 自分はこの会社こそが居場所で、ここで活躍することが生きがいである、といった意識だ。それがないと会社に行く気にも成長する気にもなれない。当然、誰かに仕事を教えようなんて思わないだろうと、文見は思った。

 社長や先輩たちも会社が好きだから、遅くまで頑張っているし、文見の面倒を見てくれる。


「そうかもな。人材が入れ替わり立ち替わりの会社じゃ、そんな意識生まれんな……」


 佐々里は寂しそうに言う。会社をやめてしまったことに後悔があるのかもしれない。

 しかし覆水盆に返らず。戻ろうと思えば戻れるのかもしれないが、プライドの高い佐々里は社長に頭を下げられないだろう。

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