2章 同期
第6話
「転職なんてろくでもないぞ! やめとけやめとけ!」
お酒の入った佐々里は、そのセリフを何度も繰り返していた。
秋葉原の繁華街からちょっと離れたところにある居酒屋。文見たち四人の同期が集まってお酒を飲んでいた。そこはよく同期飲みをしていたお店だ。
主役は佐々里。ノベルティアイテムを退社して、他のゲーム会社に勤めていたが、その会社もやめるという。
やめるときに会って数ヶ月しか経ってないが、その時より太っているような気がする。私服姿でゆったりした格好しているからそんなに目立たないが、やはりお腹がちょっと出ている。
「『ブレイズ&アイス』はずっと好きなゲームだったし、こうなればさらによくなるって、アイデアたくさんあったんだ。面接でもいっぱい言ったよ。パーティー編成の画面遷移を減らせばテンポが上がって、デイリーミッションも回す気になるって。あのゲーム、やったら画面の数多くて、切り替える気失うからさ。それには社長もうなずいて賛同してくれたんだ。だから入社できたわけだけど……。配属されてみれば、どうでもいい雑用ばかりで……」
佐々里はジョッキのビールを行きに飲み干す。飲めば飲むほど舌が回るタイプで、飲み会が始まってからしゃべりっぱなしだった。
それを見て木津が何も言わず、お店の端末で追加のビールを注文する。
木津は赤縁メガネのオシャレな女性で、美大卒のグラフィッカーだ。ゲーム会社は私服出勤がOKで、ラフでルーズな格好になりがちだが、木津は決して崩れることなく、いいとこ務めのお嬢さん風でびしっと決めていた。
電車ですれ違った人は、まさか彼女が秋葉原駅を降りてゲーム会社に吸い込まれていくとは思わないだろう。
ちなみに文見と佐々里がプランナーとして採用され、久世がプログラマーだった。
「でも、給料は上がったんでしょ?」
もやしのナムルを食べつつ、文見が質問する。
文見はもやしが好きだ。太らないし、なんたって安い。お通しで出てきても、追加で頼んでしまう。
「ちょっとだけどな。そこは転職エージェントに調整してもらった」
「エージェント?」
エージェントと言われると、サングラスに黒スーツを着た人が思いつく。もちろんそのエージェントのわけがない。
「無料で、転職したい会社と代わりに交渉してくれるサービス。オススメの会社も紹介してくれる」
「へー、そんなのあるんだ? 新卒採用は自分で連絡しないといけなかったよね」
「企業もいい人材が欲しいからエージェントにお金払って、優秀な人を紹介してもらってんだとよ。転職が成立したら、成功報酬としてけっこうなお金を支払うことになってるから、利用者は無料で利用できるんだ。あとサイト登録しておけば、企業からオファーも来る」
「えっ、すごいじゃん! オファー欲しい! 転職いいなあ」
文見は大学時代の苦労を思い出す。
ひたすら名前の聞いたことある企業にエントリーシートを送りつけていた。しかし、書類で落とされることも多く、面接も惨敗だった。「結局、学歴かよ!」と友達と愚痴を言い合ったもんだ。
そこに企業との仲を取り持ってくれるエージェントがいたり、企業からオファーが来たりしたら、どんなに嬉しいことか。
文見は文系で、金融、旅行、小売りなどを受けていた。でも全敗してしまい、他に受けるところがなくなってしまう。
そこで思い切ったほうに舵を取る。大学時代にのめり込んでいた、ゲームなどのエンターテインメント系を受けるようになったのだ。
狭き門のゲーム会社を狙うなんて夢のような話だったけど、受けるのはタダだし、せっかくなら好きな業界にチャレンジにすることにした。
それでご覧の通り、ノベルティアイテムに合格。どうせ絶望的な状態だから、いっそ好きな業界に行ってやる、と楽しんで受けたのが良かったのかもしれない。ゲームに関する技能は何もなかったが、社長は熱意を買ってくれた。
「よくなんかないぞ。一応は、双方の希望が通ったんだから嬉しいことのはずだ。確かに向こうは俺を使いたいと言ってくれたから、それなりのものを任せてくれるのかと思ったんだ。けどな……しょうもないデータ打ちばっかで、やってることは新卒やアルバイトと同じ……」
佐々里は深いため息を吐いて続ける。
「こっちはさ、死ぬほど働いてそれで死んでもいいから、すげーことやってみたかったんだよ。天下の『ブレイズ&アイス』だぞ? 人に誇れることをやれるはずだったんだ! それなのに飼い殺しだ……。なんでオレを雇ったんだ……」
佐々里の思いは痛いほどに伝わってきて、場は静まり帰ってしまう。
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