第5話

「ところでさ、土曜日暇?」

「えっ?」


 急に同期の男性に予定を聞かれてびっくりしてしまう。


「ど、土曜日? ええーっと……」

「デートとか入ってるならいいんだけどー」


 もったいぶった返事。

 ドキドキしてたけど、ちょっとデジャブを感じてむっとしてしまう。


「別にないけど」

「そっかー、そうだよなー! 小椋に限ってデートなんてないよな! 一応、礼儀として聞いてみた」

「なんだよ、それ……。暇だけどさぁ……」


 あいにく文見に付き合っている人はいなかった。

 高校時代、文見にも彼氏がいたが、大学が違ったので別れてしまった。その後、コスプレにはまってしまったり、入社して忙しかったりで、恋人とはまるで縁がなかった。

 久世とはただの同期でただの友達でしかないが、このタイミングで誘われると、密かに好意を持っていたのかと少し勘ぐってしまうではないか。


「佐々里が会社やめるんだって。久しぶりに同期で集まらない?」

「え? 佐々里君?」


 やはり自分へのデートのお誘いはなかった。

 佐々里裕太(ささりゆうた)。一緒に入社した同期だったが、数ヶ月前にノベルティアイテムをやめていた。


「ちょっ! 待ってよ、転職したばっかじゃん!」

「そうなんだけど、いろいろあったんだってよー」

「ふーん」


 同期は小椋文見、久世京祐、佐々里裕太、そして木津観月(きづみつき)の四人。ノベルティアイテム創業以来初の新卒採用で、大切に育てられた。

 他の社員はすべて中途採用で少し年が離れていることもあり、四人は公私ともに関わることが多く、とても仲が良かった。

 それぞれ好きなゲームや趣味も聞いていて、文見がコスプレをやっていることは同期も知っている。


「暇だし行くよ。観月は?」

「木津も来るって。これで久しぶりに四人揃うな」

「久しぶりと言っても、佐々里君がやめたとき以来だから……三ヶ月前?」

「いいだろー、何回集まったってー」

「それは別にいいんだけど、なんでやめるんだろ。さすがに早すぎない? 有名なゲームをやらせてもらえるとか言ってなかったっけ」

「『ブレイズ&アイス』な。今週もセルラン50位内キープ!」

「すごいじゃん!」


 スマホゲームはストアごとにセールスランキング(セルラン)が公表されている。100位内に入っているゲームはかなり売れていて、社会的に認知度が高く、それを開発しているゲームはかなり儲かっていることを指す。

 売り上げのほとんどはガチャだという。

 好みのキャラを得るためにガチャを引くが、10連ガチャでだいたい2000円から3000円ぐらいかかる。しかし当たるとは限らず、多くのユーザーが繰り返しガチャを引くことになり、1キャラのために10万円近くかけるのも珍しくない。

 テレビゲームの相場が6000円から1万円程度で、一人のユーザーが一年に数本購入するといわれている。平均するとテレビゲームの売り上げは、一人あたり一年で数万円だろうか。

 スマホゲームは一ヶ月で10万円、テレビゲームは一年で数万円。圧倒的にスマホゲームのほうが儲かる構図になっているのだ。

 セールスランキングのトップは、月商数十億だと言われている。

 ゲームも映画も製作費が10億を超えると超大作と言われる。だが、トップゲームは一ヶ月でその製作費を上回る売上を上げてしまう。しかも、それが毎月のように続くのだから、儲かって仕方ない。

 とあるアニメ監督の作った実写映画は、一ヶ月で興行収入が20億円だったという。テレビゲームのパッケージが1本8000円とすると、20億円売り上げるには25万本販売する必要がある。

 比較すればスマホゲームがどれだけ儲かるかが分かるだろう。

 ガチャの上に建てられた楼閣は、どんな老舗企業よりも高くそびえる。ガチャの前には、積み上げた歴史など足もとにも及ばないのだ。

 ノベルティアイテムも同様にスマホゲームで大きな利益を上げている。歴史の浅い会社が、すぐに利益を上げることができないお荷物の新入社員を採るのは非常にリスクが高い。けれど、四人新人採用しても問題ないぐらい、儲かっている。だからこそ、文見にシナリオを任せる余裕もあるのかもしれない。


「なんか事情があるみたいなんだよ。みんなで聞いてやろうぜ!」

「そりゃね」


 仕事をやめると宣言したからには、けっこうな理由と愚痴があるはずだ。

 佐々里が関わっている「ブレイズ&アイス」は、プレイしたことない文見もよく知っているゲームだ。知名度のあるゲームを開発できるのは楽しいだろうし、友達にも自慢できる。そしてきっと給料もいいことだろう。どうしてその会社をやめることになったのか非常に気になった。

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