第2話

 大学のころ、とあるスマホゲーにのめり込んでしまった。異世界から召喚された美男美女が地球を救うファンタジー作品で、月商何十億と言われるほどのビッグタイトルである。

 推しのゲームキャラが好きすぎて、販売されているグッズを買い占めるだけでは飽き足らず、自分で衣装を作り、自分でそのキャラになりきってしまった。

 もともと裁縫が上手だったり、美術が好きだったりしたわけではない。ネットで調べながら裁縫を手探りで始めたら、思いのほかはまってしまい、大学生活の大部分を使ってしまった。今ではかなり慣れたもので、時間とお金さえかければ全身フル装備を作れるほどになっている。凝り性だったのは元来のものかもしれない。

 また、これまでオシャレとは縁が遠かったが、コスプレから化粧やヘアメイクを学び、キャラに合わせて体作りもしている。

 それは実生活にも応用され、女子力上がったね、と古い友達に言われるようになったのはよい効能といえるかもしれない。

 はじめは人前に出るのがかなり恥ずかしかった。背は高いほうなので、衣装を着て立っているだけでも見栄えがして、通りかかった人が「すごいね」「かっこいいね」と褒めてくれた。

 ちなみに、もっぱら男性キャラのコスプレをしている。自分ではそんなに女っぽくないと思っているからだ。それに可愛くなりたいという思いよりも、自分の好きなキャラになりたいという思いが強いのもある。

 慣れてしまえばコスプレするのが快感となっていった。そこにいるのは自分ではなくて、アニメキャラ。まったく別の自分なのだ。もしかすると、役者の人たちもその感覚があまりにも爽快で人前に立っているのかもしれない。

 しかし、アニメやゲームのキャラになれたり、みんなに見られて褒められたりする、というコスプレ体験はすごく斬新で嬉しいものだったが、誰にでも話せることではなかった。

 そう、一般人には絶対言えない趣味。変に興味を持たれたり、奇異の目で見られたりして、人間関係が激変してしまうはずだ。

 エントリーシートや入社面接のお決まりの質問で、「大学のときに取り組んできたこと」というのがある。特定のことに熱意を持って最後までやりきったことが、企業に評価されるのだ。

 文見の場合、これは間違いなくコスプレだった。コスプレを通じて、物作りやデザインを学んだり、人と協力して一つのことに取り組んだりしたのは、他では得られない貴重な経験だ。就職活動で話そうか思ったが、ドン引きされてしまうリスクを考えて、結局話せなかった。日本の会社は奇抜な人より、忠実な人を好むものだ。

 文見ももちろんそう思っていた。

 オタクトークは人事評価面談という申請な場所ではすべきでないとしっかり認識していたが、社長に乗せられてついポロっとカミングアウトしてしまったのだ。

 元証券マンでまだぎりぎり三十代の社長は、誠実でありながら愛嬌もあって、なんでも話してしまいそうになる。そして一時間にわたって自分の好きなゲームについて熱く語ってしまった。

 世界観のこだわり、キャラの造詣、イベントの作り込み。そして、ゲーム内に広がる世界を現実で表現するために努力しているのかを語ることになる。その世界にある素材がどんなものか解釈して、現代のものに置き換えていく。お金や時間には限りがあるから、再現するのにできるだけ安く、そして簡単に加工できるように工夫していく必要がある。

 ……などなど、話しているときは楽しくて仕方なかったが、今思い返すと恥ずかしくて死んでしまいそうだ。

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