RTしたら呪われる小説

フーツラ@発売中『庭に出来たダンジ

 

 佐伯清之助は職業を聞かれたら「小説家」と答えるようにしている。実際に小説で稼いだ金で生活しているわけではなかったが、近い将来そうなるのだから問題ないと思考し「小説家 佐伯清之助」の名刺まで作っていた。


 ただ、外出する機会はほとんどないので名刺の束は学生時代から使っている机の引き出しに仕舞われたままだったが……。


「清ちゃーん! 夕飯出来たわよー!」


 母親の声が階下から届き、清之助の部屋の扉を揺らした。築四十年の木造住宅の二階には清之助しかいない。弟と妹はとっくに独り立ちし、長男の清之助だけが実家で両親と暮らしていた。


 クッションがぺたんこになった椅子から立ち上がり扉を開け、清之助は大きく息を吸った。


「今、小説書いてて忙しいから!! 後で食べる!!」


 溜め息混じりの返事が一階から帰ってくると、清之助は苛ついた様子で扉を強く閉めた。


 その音に部屋で飼っているアカミミガメが首を引っ込め、脚をばたつかせる。


 元々は夏祭りの屋台で掬った小さな亀だったが、今ではすっかり大きくなっていた。


「驚かせてごめんな」


 清之助は亀に優しい声を掛け、机に戻る。随分と年季の入ったノートパソコンに向かい、手垢でくすんだキーボードで何かを打ち込んだ。


『評価ありがとうございます! 私も評価入れます!!』


 彼が投稿したのは、とある呟きサイトだった。詳細は明かせないのでXとしておこう。


 母親には「小説を書いてて忙しい!!」伝えていたが、実際のところ清之助がやっていたのはSNSによる自作品の宣伝だった。


 それもただの宣伝ではない。作者同士がお互いに評価し合う為の拡散行為。


 Xには「RTした人の作品を読みに行く」というタグがある。


 清之助はそのタグをつけ、自分の作品のリンクを貼り、以下のような文言を加えて投稿をしていた。


『私の作品に評価を付けてくれた人の作品を優先して読みに行きます! 評価も返します!! リプ欄にあなたの作品のURLを貼ってください!!』


 この呟きの効果は絶大であった。


 web小説サイトにはランキングシステムがある。読者が面白いと思った作品に星を入れて評価し、その星の数を集計して順位を競う仕組みだ。


 清之助の作品に星を入れる読者は一日に一人いれば良い方だった。


 しかし「RTした人の作品を読みに行く」企画をしてから、一日に二十人以上から評価がもらえた。しかも全員が星を三つくれていた。満点評価だ。


「よっしゃぁぁ!! 星3ゲットォォォ!! これで今日はもう星60稼いだぜぇぇ!!」


 目を血走らせながら清之助はwebブラウザを更新する。そして自作品の星の数が増える瞬間を見ては雄叫びを上げ、すかさず相手に星3を返す。


 その行為は夜通し行われた。



#



「清ちゃん? 顔色悪いけど大丈夫……?」


 久しぶりにダイニングに現れた清之助を見て、母親が心配そうに声を掛けた。


「全然大丈夫! 今書いてる小説が絶好調だからね! ランキング15位!!」

「web小説……。小説やろうとかいうサイトだっけ?」

「違うよ母さん! 今はヨムカクだって! 俺の作品はヨムカクのランキングで15位なの! そろそろ出版社から声掛かるかもしれないなぁ……」

「まぁ! 凄いわねぇ」


 母親の言葉に気分を良くした清之助はweb小説のイロハを語る。そしてすっかり冷めた親子丼を掻き込むと意気揚々とダイニングを後にし、二階の自室へ。


 深く尻の跡がついた椅子に勢いよく座ると、清之助はいつも通りノートパソコンに向かった。


 webブラウザはXを表示していた。清之助は検索欄に『RTした人の小説を読みに行く』と入力し、強めにエンターキーを叩く。


「ちっ……。既に参加したリツイート企画ばっかりじゃん」


 清之助が投稿したリツイート企画は既に多くの人が参加し、新たな星が稼げなくなっていた。


 なので、清之助はフェーズ2──他の作者の「RTした人の作品を読みに行く」企画に参加する──に移行していた。


「おっ、見たことないリツイート企画発見!!」


 清之助は舌なめずりをしながら、呟きに貼られたリンクをクリックし、web小説サイトに飛んだ。


 表示された作品のタイトルは『私の願い』だった。


「ふんっ。つまんねータイトルだなぁ。こんなタイトルつけてるから読まれないんだよねぇ〜」


 評論家気取りで講釈を垂れ、一行も本文を読まずに清之助は星を三つ入れた。


 そしてXの画面に戻り『私の願い』の作者の呟きをリツイート、リプ欄に自慢のラブコメ作品のURLを貼る。


『評価入れました! 私の作品にも評価をお願いします!!』とタイピングし、エンターキーを叩いた。


「よし! 一丁上がり! 次はどれにするかなぁ〜」


 何度も何度もブラウザを更新して新しいリツイート企画を探し、見つかり次第、作品も読まずに星3をつける。


 作品を更新するよりも、作者同士で相互に評価する方が星が稼げる。ランキングが上がる。


 承認欲求は満たされ、書籍化の可能性まで高くなる。


 清之助は思い出したように引き出しから「小説家 佐伯清之助」と印刷された名刺を取り出し、手に一枚持って立ち上がった。


 見えない相手に向かって名刺を差し出す。


「小説を書いてます。佐伯と申します!」


 当然、受け取る相手はいない。しかし清之助は満足気に顔を上げ、ありもしない相手の名刺を受け取る仕草をした。


「よし! 続きやるかぁ!」


 椅子に戻り、清之助はまたリツイート企画を探し始めた。



#



「こいつ……! 俺の作品に評価返してないじゃねえか!! こーいう奴がいるから俺の作品がランキング一桁行けないんだよ! マジ許せねぇ!!」


 怒鳴り声に清之助の部屋で飼われていたアカミミガメが首を竦めた。収まらない怒気に脚まで引っ込める。


「クソだろ! マナーを教えてやる!!」


 リツイート企画で稼いだ星の効果が切れたと同時に、清之助の作品はランキングを下り始めていた。元々、ランキング上位のクオリティはなかったのだから当然だ。


 しかし、清之助は受け入れられなかった。怒りは彼が作品に星を入れたにもかかわらず、お返しの星がない作者に向けられた。


 ノートパソコンに向かい、ブラウザでXの画面を開いてクレームを入れ始める。


『私は星3入れたのに、貴方はまだ私の作品に星を入れていません! マナー違反です! 直ちに評価を返してください!!』


 よく見ると、清之助以外のリツイート企画参加者もクレームを入れていた。別のリツイート企画で見た作者達だ。何度か遣り取りしたことのある者もいる。


 仲間を見つけたような気分になった清之助は、X上でDMを送った。


『"私の願い"の作者、本当にクソですよね〜。こっちが星3入れたのに、星1すら返さないっしょ』


 すぐさま返信がある。


『本当、マナー違反ですよね! 自分だけ星をもらっておいて! 星泥棒ですよ!!』


 楽しくなって直ぐに打ち返す。


『X上で晒してやりましょう!』

『いいですね!』


 興が乗った清之助は「私の願い」の作者の呟きを引用し『この作家は星を返しません! 評価をしないように!』と呟いた。


「へへへ。ザマァみろ」


 やっと清之助が溜飲を下げた頃、濁った水槽の中で亀は顔を出した。そして、いつ入れられたか分からない餌を食んだ。



#



『身内に不幸があったのでしばらくXから離れます』


 翌朝、清之助が寝ぼけ眼でXのタイムラインを見たときのことだ。昨日まで遣り取りをしていた作者仲間の身内が亡くなったらしい。


 リアクションをしようとしたが、ファボるのは違う。かといってDMでお悔やみ申し上げるのも、なんだか面倒くさい。


「見なかったことにしよう」


 清之助は自分に言い聞かせ、マウスで画面をスクロールする。


『先程、母親が亡くなりました。しばらくXから離れます』


 まただ。知り合いの作者の母親が亡くなった……。


 気味が悪くなった清之助はとりあえずコーヒーでも飲んで落ち着こうと、一階に降りる。


 ダイニングに入ると、母親がテーブルに突っ伏していた。


「母さん、何やってるの。寝るなら寝室に行きなよ」


 返事はない。


「ちょっと母さ──」


 つーっと、赤黒い液体が母親の顔の辺りからテーブルに広がった。


「えっ……。ちょっと母さん!」


 清之助が肩に触れると母親の身体は崩れて床に転がり、目鼻口耳、あらゆる穴から血が吐き出す。肌は土気色になり、一気に皺だらけになった。


「あっ……あっ……」


 腰が抜けて床にへたり込む。


 ジャージのポケットからなんとかスマホを引っ張りだし、連絡帳から父親の番号を探し、震える指でタップした。


 呼び出し音がダイニングに響く。響く。響く。


『……もしもし! 代理で出てます! 私は佐伯課長の部下です! あの、息子さんですか?』

「はい……」

『ちょっと今、大変なことになってまして! 佐伯課長が血を吐いて倒れたんです! 今から病院に来て頂けませんか? 病院は──』


 怖くなった清之助はスマホを落とし、這うようにして母親から離れる。


 これは現実だろうか? まだ実は夢の中なのではないか? ベッドに戻って瞼を開けば、現実に戻れるのではないか?


 ぎこちなく階段を上がると、耳鳴りがし始めた。視界がひどく狭い。胸が早鐘を打ち、吐き気がする。


 ベッドに入る前に、ふとノートパソコンの画面を見た。XにDMが来ている。知り合いからだろうか?


 清之助は椅子に座ると、まだ震えの止まらない手でマウスを握り、DMを開いた。


『今すぐ"私の願い"を読んでください!』


 先程、身内に不幸があったと呟いていた知り合いからだった。わざわざDMしてくるなんて……一体……。


 導かれるようにマウスのカーソルを動かし、清之助は過去の呟きから「私の願い」のURLを探してクリックする。


 タイトルが表示されるが、本文は何もない。空白だ。


「なんだこれ……?」


 マウスのホイールを動かし、画面をスクロールする。横のバーを見るとまだ半分にもいっていなかった。更にスクロールする。


『私の夢はweb小説サイトから書籍化することでした』


 やっと本文が始まった。清之助は唾を飲み込む。


『毎日投稿していました。最初の頃はほとんど読まれませんでした。でも、ずっと続けている内に少しずつ読者が増え、評価がもらえるようになりました。ランキングにも載るようになり、あと少しで一桁というところまで来ました』


 胸が苦しくなり、心臓の辺りを押さえる。


『しかし、私の作品がランキング一桁に上がることはありませんでした。リツイート企画で星を稼いだ作品が、簡単に抜かして行ったのです』


 喉が狭くなったように、息が出来ない。


『絶望しました。私の日々はなんだったのかと。もうこんなところで頑張れません。私は願いを残して、ここを去ることにします。リツイート企画で私の作品をリツイートし、星を入れた人……』


 頬を流れたのは、涙だろうか?


『私の作品をリツイートした人の作品はランキングが下がる』


 そんな馬鹿なことが! と目を剥く。


『私の作品に星を一つ入れた人は、母親が死ぬ

私の作品に星を二つ入れた人は、父親も死ぬ

私の作品に星を三つ入れた人は、本人も死ぬ』


 鼻と耳から、温かい液体が流れ出す。


『どうせ貴方達は"私の願い"の本文を読むことはないんでしょ?』


 口から血が吹き出し、清之助はノートパソコンに頭を落とした。キーボードが押され、出鱈目な文字がXのDM欄を埋める。


 家の中で動くのは清之助の部屋で飼われていた亀だけ。


 珪藻で茶色になったガラス越しに、飼い主の背中をただ眺めていた。


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