第15話
「……それにしても困ったねぇ」
「ドMで申し訳ない」
冒険に出る前にレベルアップしておこうというフック姉さんのもと、草原にスライムを狩りにきたのだが、俺がドMなのとスライムが可愛いのとでスライムを攻撃出来ず途方に暮れている。
「うーん、敵が可愛くなかったらいけるのかな?」
「……まあ現状よりはマシだろうが、まだドMというのが残っているからな」
「どうしてドMだと攻撃出来ないの? 詳しく教えてみてよ」
……たしかに、俺はさっきドMだから攻撃出来ないという説明はしたが、その根源となる理由の説明はしていない。言われてみて気付いたが、ドMが攻撃を苦手とすることをドMじゃない人は知らないのだ。ということはフック姉さんは俺の心の奥の柔らかい部分にあるドM性を知ろうともせずイケイケでとにかくスライムというかわいくもヌルヌルしてそうな魔物と戦わせようとするという凌辱性と侵略性のあるプレ……、おっと危ない、今はそれどころじゃなかったな。
「ふむ、確かにそれは知っておいてもらったほうがいいだろう」
と、俺が言うとフック姉さんは「おぉー」と言いながら小さく拍手してくれる。
「ドMというのは、精神的に支配されること、いや、もっというと精神的に支配されることを”望まれる”ことに興奮するのだ」
「望まれると興奮するのか、案外普通だね」
と、フック姉さんは大きな瞳をクリクリさせながら言う。
「まあ、たしかにその部分は普通なのかもしれない。しかし、ドMのその特異性というのはその自己肯定感の低さにあってだな」
「自己肯定感?」
「まあ、自分に自信があるかどうかだな。俺達ドMは基本的に自分に自信がない。とはいっても別に、生きていてすみませんとかそういうことではなくて、あくまでも”性的な”部分の話だ」
「そうなんだね。それって、なんというかこう、俺とえっちなことなんて誰もしたくないだろうな~、みたいな感じ?」
「そう、まさにそんな感じだ」
「それでいうとわたしもあんまないかも。身体つきがコンプレックスなんだよね」
と、フック姉さんは自分の胸のあたりを押さえながらため息をつく。
「いや、多分それは違う」
「そうなの?」
「あぁ、多分な。フック姉さんは今、言いながら胸のあたりを押さえた。それはつまり、その身体つきというのは、胸の大きさを指すんじゃないか?」
話をより理解してもらうため、俺はそれを指摘するが、その指摘に姉さんは頬を赤らめムッとした感じになって、
「……そうだけど」
とうつむきがちに言う。少し罪悪感がある。
「ま、まぁとにかくそれは裏を返せば、胸さえ大きくなればきっとわたしはセクシーになれるわ! 的な感じ何だと思う」
「まぁ、……そうとも、言えるのかな?」
ちょっと疑問符を残した感じのフック姉さんだが、姉さんの深層心理を追求したいわけではないので話を進める。
「だが、俺達ドMのそれは違って、もっと全体的に、人として、いや一人の雄としての自信がない。もう根本的に普通にエロいことをして相手を喜ばせることなんて出来ないと思ってたりする。そういう不安だとか絶望感だとかが心の奥の超絶デリケートな部分に眠っている」
言ってて少し情けない気持ちになるがこれもフック姉さんに理解してもらうためだと思い頑張って自分の奥底のドM魂を頭の中で慎重に言葉にしながら説明していく。
「なるほど、思ってるより大変そうだね」
「まあ、俺はドMとしてしか生きたことがないので大変かどうかは正直わからないが、とにかくドMの根底にあるのはそういう卑屈さなのだ」
「うーん、……本当に大変そうだね」
卑屈、という言葉を使った当たりで姉さんの顔に少し憐れみの色が浮かぶ。気を使わせるつもりで言ったのではないが、こういう目線を向けられるのもこれはこれで……おっといかんな。
「で、つまりだ、そういう理由で自分に自信がない俺は、自分の未来のために、前向きな姿勢で、他者を攻撃するのは心理的に凄まじい抵抗があるのだ!」
ちょっと気まずくなったので最後は力強く情けないことをバーンと言ってやると、フック姉さんが今度は感心したように拍手をくれる。
「おぉー! ある意味かっこいい!」
「ふっ、……まあな」
普通に女性に褒められるのは抵抗があるが、ある意味という一部でディスりを交えていそうな褒め方なので普通に喜んでおこう。
「けど、……となると」
そしてひとしきり拍手を終えたフック姉さんは今度はうつむき少し考え込む。そしてしばらくして、俺にこんなことを訊いてくる。
「じゃあさ、後ろ向きに、誰かの意思で可愛くない敵と戦うんだったらいいの?」
たしかに、今の話的にも、俺の実際の気持ち的にもそれなら問題はなさそうだ。現状、俺が7人のドM姉さんのもとへたどり着く力をつけるために、可愛いスライムを、俺の意思で攻撃するのがダメなのだ。
「それなら、まぁ……」
そう思ったので俺は少し後ろ向きにではあるが肯定の意を示した返事をする。それを見たフック姉さんは、少し考える素振りを見せた後、
「じゃあ、ちょっとこっちについてきてよ」
なんて言い、俺を何処か別の場所へつれていくのだった。
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