第9話

「おぉー、RPGみたいだ」


 ハナフック姉さんに連れられ、俺は街にやってきた。丸太を縄で縛って建てられた門をくぐると、そこにはド◯クエとかでおなじみのファンタジーな中世感漂う町並みが広がっていた。俺も性に目覚める前はRPGとかめっちゃやってたので、こういう木箱を並べただけの屋台が並ぶ市場とか、鎧をまとったならず者が昼間から飲んだくれる酒場とかは見ていて単純にテンションが上がるのだ。


「ふーん……」

 

 と、そんな俺をなんかさっきからハナフック姉さんがニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。これはもしかして……。


「なんだ? そんなにニヤニヤと見て、俺をどうするつもりなんだ?」


 と戦慄した感じで姉さんにそう問うてみる。


 すると、ハナフック姉さんは瞬時に表情をムッとしたものに変えて、


「は? 別にニヤニヤなんかしてないから!」


「いや、完全に笑ってただろ」


「それはそうだけど! ニコニコしてただけだし! え? ……ニヤニヤしてるように見えてた?」


 確かに、さっきの表情を思い返してみると、ニコニコといえる笑い方とも言える。いかんな、ニヤニヤとおれを凌辱する妄想をしていて欲しいという願望が認知を歪めてしまっていたようだ。


「すまん。願望が表に出ていたようだ、それはまるで我慢汁のように」


「……いちいちいやらしく言わなくていいから」


 俺の文学的比喩表現に対してハナフック姉さんはやれやれといった感じでため息をつく。


「けど、じゃあなんで笑ってたんだ?」

 

 それは単純な疑問だ。凌辱の予定を立てているわけでもないのに人の後ろすがた見て笑うことなんてあるか? いや、……あるいは。


「もしかして、俺の後ろ姿を夜の孤独な淫ムーブのオ……」


「オカズになんてしねぇよ!」


 新たな仮説を言い終わる前にハナフック姉さんは俺のデコにまたゴスンとチョップを決める。


「痛っ!」


「じゃあなんで笑ってたんだよ」


「知らない!」


 結局ニコニコの理由は教えてもらえなかった。


ーーーー


「ほう、こやつが伝説のドM勇者だと申すか、ハナフックよ」


 ハナフック姉さんに連れられてやってきたのは街の奥の大きな家。そこはどうやら村長の家らしく、今、俺は茶色い布をローブみたいに巻いた服装で杖をつく白いロン毛のジジイにまじまじと眺められている。


「はい、まだ確実ではありませんが、まずはこちらを見てください」


 ハナフック姉さんはかしこまった様子で村長っぽいジジイにそう言うと、俺の耳元で小さく「ほら、早くステータス見せて」と囁いてくる。その急かす様子にちょっとひっかかる。このジジイはこの街では偉いのかもしれないがそんなの俺には関係ない。関係ないのに知らないジジイに俺が急いでステータスを見せるというイラッとするだけのムーブをハナフック姉さんに強制されてる感じがムッとしてムラっとしたことは言うまでもない。


「はーい、ステータスオープン! ……ふぅ」


「なんかちょっとスッキリしちゃってる? ……見せられたら誰でもいいのかキミは」


 俺の軽い脳イキ顔を見たハナフック姉さんは、呆れたようにため息を付く。ジジイに見せることではなく姉さんにそれを矯正されることに興奮したという業の深さを説明して更に強く呆れられたい衝動に駆られるが、流石に姉さんに申し訳ないので我慢する。


 そして俺のステータスの板は、さっきの白い状態のままで表示される。


タイゾー

 

 職業:プロのマゾヒスト

 Lv:1

 HP:9976

 MP:9999

 力:1

 体力:1

 素早さ:1

 知能:1

 精神:1

 魔力:1

 運:1

 EXP:0

 SP:0


 そこにはもうおなじみの俺のパラメーター(ここに来る道中何度かハナフック姉さんにしばかれたせいでHPはちょっと減っている)だ。


「ーーーーこ、これは」


 それを見たジジイは何やら顎に手を当てて考え込み、部屋の中にいる他の偉いっぽい大人達は一様に唖然として固まる。


「ザーメニウム製のステータスパネル、まさか実在したとは」


「MPが9999、いや、HPまでもが、こいつはとんでもないモンスターだ」


「SPが0? 彼はこれからどうやって生きていくというのだ」


「HPMP以外が全て1だと? そんな馬鹿な」


 と、大人たちは口々に言いたいことを言う。後半失礼なセリフが混じっているがまあいい。これがドS姉さんのセリフだったらなんて思わないでもないが、無理なことを望んでも仕方がない。


「……ふむ、しかし、これは確かに、古代の書に記されし伝説と合致する」


 そしてしばらく考え込んでいたジジイは俺の方をまっすぐ見て、そんなことを呟いたのだった。

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