はないちもんめ
(はぁ……はぁ……。ざまぁみやがれ!)
男は、ひと気のない住宅街を逃げるように走った。
(お、俺は悪くない……。悪いのは、あいつらだ!)
そう思いながら走っていた。
しかし、現場の出来事が鮮明によみがえり急に恐ろしくなった。
感触を思い出し手が強張る。
手は自然とあの時の形になり、震えるばかりでそれ以上動かない。
今は何も触れていない。
何も付着していないはずなのに。
無性にこの手をどうにかしたくなった。
殴ろうにも、掻き毟ろうにもうまく動かせない。
自分の手でなくなったような感覚に陥っていた。
どうしようもなくイライラしていると、公園のそばを通りかかる。そこに手洗い用の水道があった。
(水……。水で洗おう……!)
男はなんとか水道の栓を捻り、蛇口から滴る水で強張る手を清めた。
洗い流すことによって、男の気持ちもだんだんと落ち着いてきた。
辺りを見回すと、すでに空は薄暗くなっている。がむしゃらに走っていたので、見覚えのない土地に迷い込んでしまったようだ。
仕方なくスマホの地図アプリを見ようとポケットを探るが――。
(チッ……落としたか)
落とした場所によっては、すぐに身元が割れてしまうかもしれない。
しかし、来た道を戻るのも躊躇われた。
どうしたものかと思案していると、いつの間に現れたのだろうか、二人の少女がこちらをチラチラ見ながらひそひそと話している。いい気分ではなかった。
(だ、大丈夫だ。まだバレていないはず……)
素知らぬふりをして公園を後にしようとすると、二人が声をかけてきた。
「ねえ、おじさん」
「いっしょにあそんで」
(おじさん……)
自分はまだそのような年齢ではないが、もしかしたら今は物凄く顔が老け込んでいるのかもしれない。
だが、こちらはそれどころではない。
「お嬢ちゃん達、知らない人に気安く声をかけてはいけないよ」
それだけ言って公園を出ようとした。
しかし、まるで行く手を阻むように生ぬるい風が吹く。同時に、少女達が男の服の裾を掴んでいた。
「二人じゃあそべないの」
「いっしょにあそんで」
まるで、戻ると危険だと言われているような錯覚を抱いてしまった。
それに、これくらいの年代の少女であれば何かあっても振り切れる。そう思い男は観念して遊んでやる事にした。
そう言うと、少女達はにっこりと笑う。
悪い気はしなかった。
「はないちもんめ」
「はないちもんめしたいの」
(……どんな遊びだ?)
やり方もルールもまったくわからない。
そう思っているうちに、二人はじゃんけんをし始めた。
「かーってうれしいはないちもんめ♪」
「まけーてくやしいはないちもんめ♪」
勝った方の少女と手を繋ぎ、歌いながら遊戯する。そういえば、小学生の頃に女子達がやっていたような、と思い出す。
「あのこがほしい」
「あのこじゃわからん」
「そうだんしましょ」
「そうしましょ」
何が楽しいのかわからなかったが、彼女達が楽しんでいるのでヨシとした。
手を繋いでいた方の少女が、ひそひそと耳打ちしてくる。
「ゆっこちゃんがほしいって言うのよ」
なるほど、向こうの少女はゆっこという名前らしい。これは人を交換するゲームなのだと理解した。
しかし、向こうは一人だ。ジャンケンに負けてしまえばそれで終了なのでは? 質問する間もなく、遊戯は次の動きに入っていた。
「ゆっこちゃんがほしい」
「おじさんがほしい」
「じゃんけんぽん!」
「やった、勝った〜」
ゆっこという子が勝ったので、男が移動する。
「かーってうれしいはないちもんめ♪」
「まけーてくやしいはないちもんめ♪」
また同じフレーズで始まった。
(まだやるのか……)
「えなちゃんがほしい」
「おじさんがほしい」
「じゃんけんぽん!」
今度はえなという子が勝った。
男は再び移動する。
(女児二人が俺を取り合っている……。フフ、悪い気はしない)
しかしそれ以降、男が移動するだけの遊びとなっていてさすがに飽きてきた。
「な、なあ。もうそろそろ帰ってもいいかな?」
「だめよ」
「まだだめよ」
もう随分と遊んだ気がする。そろそろ日が暮れてもおかしくない時間のはずなのに、空模様は公園へ来たときと変わりがなかった。
少女達は男の服を掴んで離さない。
「わかった。わかったから、あと一回だけだぞ」
「かーってうれしいはないちもんめ♪」
「まけーてくやしいはないちもんめ♪」
「おじさんがほしい」
「おじさんがほしい」
「えっ? ちょっとそれは……」
ほくそ笑みながらも、そんなルールがあっただろうか? と首を傾げる。
「そうだんいらない」
「もういらない」
二人に同時に手を掴まれた。
ゆっこが右手、えなが左手。
どちらがどっちを掴んだかなんて、この際どうでも良かった。
まるで子どもとは思えない力強さで引っ張られる。
「いててて、君たち強いねぇ」
男には、まだ余裕があった。
相手が少女とはいえ、自分を取り合う場面など一生味わえないだろう。このおままごとのような状況に付き合ってやる事にした。
「わたしがもらうのよ」
「わたしがもらうのよ」
しかし、だんだんと男の額から脂汗が流れる。
少女達は男の手が鬱血するほどの力で握りしめ、腕を引っ張っていたのだ。
「ちょっ……君たち……離し……」
おかしいと思った時には、もう振りほどけなかった。
身動きできず、腕がギリギリと音を立てる。
「いっ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーー!!!!」
体を引き裂かれ、想像を絶する男の悲鳴が
「はんぶんこ」
「はんぶんこできたよ」
少女達は嬉しそうに男の体を抱きしめた。
◇
その夜、ある一室のつけっぱなしになっていたテレビからニュースの音声が聞こえた。
本日未明、◯◯市内の公園にて男の変死体が発見されました。男は身長170センチ程で黒のトレーナーに紺のジーンズ姿。年齢はおよそ二十代から三十代――。
また、近くで起きた殺人事件との関連も捜査しています。
本当は怖い子どもの遊び 草加奈呼 @nakonako07
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