本当は怖い子どもの遊び
草加奈呼
だるまさんがころんだ
「あーっ、すっかり遅くなっちゃった!」
夏休みの真っ最中、私は期末テストの結果が悪く補習を受けていた。終わった後に教室で友達と喋っていたら、あっという間に夕方になってしまっていた。
「早く帰らないと、テレビ始まっちゃう! なんで今日に限って録画予約忘れるかなあ!?」
自分の間抜けさに呆れ返る。
走って走って、ようやく家の近所の公園までやってきた。ここを通れば少し近道になる。
公園の中央を横切ろうとした時、どこからか啜り泣くような声が聞こえてきた。
ぐすん……ぐすん……
「……ん?」
見ると、小学生くらいの女の子が泣いていた。
迷子だろうか……?
早く帰りたい時に限って、こういったハプニングが起こる。
「ぐすん……」
「お嬢ちゃん、どうしたー?」
不安にさせないように、なるべく笑顔で明るく声をかけた。
女の子は声をしゃくり上げながら、ポツポツと話してくれた。
「ともだちが、 いなくなっちゃったのぉ……」
「いなくなった?」
「いっしょに、あそんでたらぁ……」
「あらら、 先に帰っちゃったのかなー?」
私も小学生の頃はそういった記憶がある。
かくれんぼやおにごっこで全然捕まらない時は、友だちが勝手に帰ってしまうのだ。
「おねえちゃん、いっしょにあそんでぇ〜」
「ええー」
まだ明るいとはいえ、小学生は帰ってもいい時間だ。
まいったなあ、と思いながらも、泣いている女の子を放っておくわけにはいかなかった。テレビの時間まではまだ少し余裕があるし……。
「いいよ! 少しだけならね!」
「やったあ!」
「お、泣き止んだ」
女の子がとびきりの笑顔になったので、こちらも晴々とした気持ちになった。何して遊ぼうか、ブランコ? すべり台?
高校生の私にとっては、どれも懐かしい遊具だ。
「だるまさんがころんだ したい!」
「えっ、二人で?」
あまり二人でやる遊びではないような気もしたけれど、女の子はとてもやる気になっている。もしかしたら、帰ってしまった友だちとやりたかったのかもしれない。
まあ、それなら早く終わりそうだし、「いいよ!」と承諾した。
「じゃあ、オニやるね!」
女の子は、数メートル先のジャングルジムの方へ向かって行った。
だるまさんが転んだなんて、 何年ぶりだろう?
まあ、一回で終わらせて納得してもらおう。
「おねえちゃん、いくよー!」
女の子が、背中を向ける。
私は、少しずつ女の子に近づいていく。
「だーるまさんが」
「こーろん」
「だ!」
当然私は、「だ!」のところでピタリと止まる。
「だーるまさんが」
「こーろん」
「だ!」
少しずつ近づいて、女の子までの距離はあと数歩だ。
「すごぉい、おねえちゃん ぜんぜん動かないねぇ!」
ふふっ、これならすぐ終わりそう。
今ならテレビの時間にも間に合う!
「だーるまさんが」
「こーろん」
よし、タッチ──
女の子の肩に触れようとした瞬間、私の周りがぐにゃりと歪んだような気がした。
一瞬、目眩がしたのかと思った。
少しだけよろめいて、体制を立て直す。
──今のは、何?
「だ!」
「えっ? タッチ寸前だったのに、あんなに遠く──!?」
女の子と私の距離は、最初に戻っていた。
いや、戻っていたどころか、少し遠くなったような気がする。
「おねえちゃん、どうしたのー?」
「あ、ううん。なんでもないー。よーし、お姉さん本気出しちゃうゾ」
屈託なく笑う女の子。
不思議に思いながらも、私は女の子に付き合ってあげることにした。
しかし、その後何度やっても 女の子にタッチすることが できなかった── 。
「ど、どうなってんの──?」
どうしても、タッチ寸前で最初に戻ってしまう。
それどころか、女の子はジャングルジムの近くだったり、鉄棒の所だったり、滑り台の下だったり、場所が変わったりもしていた。
結構な回数を繰り返したので、私は息切れ寸前だった。
「おねえちゃん、だいじょうぶー?」
「ああ、大丈夫大丈夫!」
小さな女の子に弱気なところを見せてはいけないと、強がってピースサインしてしまった。
そうだ、わざと負ければいいんだ! そうすれば、早く帰れる!
あー、 なんで今まで気づかなかったんだろ?
もうテレビがどうとかよりも、この遊びを早く終わらせて帰りたい気持ちでいっぱいだった。
「おねえちゃん、いくよー」
女の子はまだまだ元気な笑顔を見せる。
「だーるまさんが」
「こーろん」
「だ!」
「おっとっとぉ!」
大袈裟につまづいたふりをした。
ちょっと、わざとらしかっただろうか?
「おねえちゃん、動いた!」
「あちゃー、失敗しちゃった」
これでやっと帰れる──と思ったその時、またあの歪みが起こった。しかし、それは女の子が遠くなるのではなく──。
ぐんっ、と一瞬にして近づいてきたのだ。
「おねえちゃん……つ か ま え た」
「……えっ?」
女の子が私の腕を掴むと、そこから黒い渦が出てきた。
何? 何が起きたの──!?
私は、声も発せないままその黒い渦に吸い込まれた。
ぐすん……ぐすん……。
まだ日の沈んでいない夕刻。
公園に、小さな女の子の啜り泣く声が聞こえる。
親切な若い女性は、その女の子に声をかけた。
「あら、お嬢ちゃん、どうしたの?」
「ともだちが、いなくなっちゃったのぉ」
「あらあら、それは大変ね」
「おねえさん、かわりにあそんでぇ……」
「いいわよ、何して遊ぶ?」
「あのね……」
泣きながら下を向く女の子の口元は、微笑んでいた。
「だるまさんがころんだ」
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