ケース017 水際対策

 刃を研ぐ。


 冒険者にとって、実は重要な作業だ。

 例えば剣。

 刃こぼれしていると切れ味が悪くなり、やがて魔物が斬れなくなる。

 一度研いでその後長く使わなくても、いずれ錆びてしまう。

 だから、できる冒険者は、愛用の武器を大切に手入れする。


 武術の習得。


 冒険者にとって、自分の強さを底上げしてくれる重要な要素だ。

 加えて、振り方一つ、刃筋をきちんとたてられるかどうかで、剣の寿命は大きく変わる。


 剣をはじめとした冒険者の装備は、実はかなり高い。冒険者の採算は、装備をいかに長く使えるかにかかっている。


「へぇ。剣が買って半月で切れなくなったと」

 

 冒険者ギルドで、生活保護に転落するパターンは4つある。怪我や病気で転落してくる人、トラウマで依頼を受けれなくなった人、死んだ冒険者の家族、そして装備を壊して分割払いが支払えなくなった人だ。


「そうなんだ。また粗悪品にひっかかった」


 冒険者ギルドで生活保護に陥る人は、装備を長持ちさせるためのスキルを軽んじる。ケース記録を書きながら、窓口にフラッと現れた冒険者とハルトの会話に耳を澄ます。


「そりゃ大変っすね。なんでそんな剣買ったんすか?」


 ハルトは同情に満ちた声で同調した。僕はいつものパターンなので、この先の展開が少し予想できてしまう。


「知り合いが二年以上使っててな。そんな長く使えるならって買ったんだ。武器はこれしかなかったから、鎧も盾もも壊されて、えらい目にあった」


「へぇぇ。だからボコボコなんすか?」


「違う。その怪我は街に帰還してから、全財産かけて治癒魔法をうけたんだ」


 ああ。思ったとおりだ。


「じゃあなんで?」


「粗悪品握らせた鍛冶屋の親父にケジメ取らせようと怒鳴り込んだんだけどよ。返り討ちにされた」


 そりゃそうだ。駆け出し並みの技術しか持たないひょろひょろの冒険者が、毎日槌を振っている鍛冶屋に勝てるはずもない。


「D級冒険者に勝てるなんて、強い鍛冶屋っすね。で、今日は何の用っすか?」


 珍しくハルトの応対に問題がない。強いて言うなら言葉遣いが軽すぎるぐらいか。


「鍛冶屋から装備代一式と、治療費、あとできれば慰謝料を取りたい。今日の飯代もねんだわ」


 予想通りのことを言い出した。


「えっと。ところでなんでこの窓口に?」


 ハルトの疑問はもっともだ。


「下の窓口のねーちゃんがここへ行けっつったんだよ」


 ハルトは困った顔で黙り込み、こちらに視線を送ってくる。助けてほしいらしい。

 おそらく、受付はそんなことができないことを見越して、生活保護を受けるよう暗にうながしたのだろう。できれば受付で説明しきって欲しいところだが。


「お話聞こえてました。ホンゴーといいます。剣が壊れたとのこと、災難でしたね。その剣、ちょっと見せてもらっても?」


 仕方ないので、応対中のハルトの隣に座る。


「おお。あんたがホンゴーさんか。金貸しを黙らせた話とか、衛兵隊を巻き込んでの大立ち回りとか、いろいろ話は聞いてるぜ。ほらよ、これが問題の剣だ」


 期待に満ちた目で剣を渡してくる。


「拝見します」


 剣を預かり抜こうとするが、鞘に何かが引っかかって抜けない。力を込めると、ようやく抜ける。

 一度曲がって無理矢理直されたのだろう。歪んだ錆だらけの刀身が姿をあらわした。帰還後、血糊の処理もやっていなかったらしい。もし本当に粗悪品だったとしても、証拠保全が不十分だ。


「仲間内じゃけっこう評判の工房だったんだけどよ。俺のはそのざまよ」


「ギルドは古い刃こぼれがありますね。使用前にちゃんと研いでましたか?」


 少しムッとした顔をする。


「それをあんまりしなくてもいいって売り込みだったんだよ」


 研がなくて良い刃物など、それこそミスリルやオリハルコン製の武具くらいだろう。いや、そんなものをじっくり見たことはないので、本当に刃こぼれしないかは疑わしいが。


「目釘が緩んでますが、使用前に確認は?」


「見てねぇけど、そんなん鍛冶屋の仕事だろうよ」


 正直で良いが、目釘のチェックは冒険者ギルドが全員に配っている指南書にも書いてある。自分の命を預ける武器は、自分の目でも確認すべきだ。


「錆だらけですが、これは?」


 イライラしてきたのが、傍目にもわかる。


「もう使えねぇんだから、意味ねえだろ」


「最後です。こちらの剣で、そこの草束を斬ってみてください」


 これで今月三束めだ。また買ってこないといけない。


「草なんか斬らせて、どうすんだよ」


 窓口内に置かれた防犯用の剣を受け取って、ぞんざいに構える。鍛錬の痕跡を感じない構えだ。


「一応、剣に適性があるかのチェックになりますね」


「ふーん。まぁ良いけどよ」


 ブツブツ言いながら、剣を振る。たくさん冒険者を見てきたが、腰が入ってないし、体重ものってない。


 ガツン、という音がして、刃が途中で止まった。


「ん? これ中心に何か入ってんぞ?」


「それは矢の材料になる竹ですね」


「ちっ。だまされた。で、結果はどうなんだよ」


「剣の扱いがきちんとできていないようですね。体重が乗っていない、刃筋が通っていない、刃の引きも不十分ですね」


「は? 何言ってんだよ? 俺のせいだってのか?」


 ギルドの講習を受けていれば、この程度の説明はしてもらえる。ピンと来ていないということは、説明をきちんと聞いていなかったか、そもそも受けていないか。


「剣の扱いについて、ギルドの講習を受けましたか?」


 イライラが感じ取れるが、それぐらいでケースワーカーは動じたりはしない。


「そんなまどろっこしいことできっか。俺は見て盗むタイプなんだよ」


 やっぱりか。


「ハルト、ちょっと実演してみせて」


「えぇ? 俺っち?」


 ハルトに話を振ると、彼は嫌そうに剣を草の束から引き抜く。それから、剣を構えた。

 おお。自然体だけど、なんか流れるようだ。剣にはさほど詳しくないけど、こっちは鍛錬の痕跡がしっかりある気がする。


「ほっ」


 軽く剣を振る。一、二、三。

 力を込めているようには全然見えないのに、剣が三回ひるがえり、草の束は綺麗に三等分されて床に落ちる。ハルト、只者ではなさそうなのは気のせいだろうか?


 冒険者はポカンと口を開けてその光景を見ていた。


「このように、同じ剣でもきちんと使うかどうかで威力が変わります。同様に、間違った使い方をすれば剣の寿命は短くなります」


 冒険者は不服そうだが、何も言わない。


「お話をうかがった限り、剣が粗悪品であったという証拠はどこにもないですね。ですから、冒険者ギルドが工房側に何か言うことはありません」


 そもそも、冒険者と工房の売買契約に、冒険者ギルドが介入するのは筋違いだ。本当に粗悪品という懸念があるなら鍛治師ギルドの相談窓口を紹介しても良いが、今回は冒険者の技量も未熟で話にならない。


「無理なら、生活保護だけでも受けさせてくれや。今日メシ食ってねぇんだよ」


「街周辺での採集ならできるでしょう。今の時間からでも、今日の食事ぐらいなら稼げます」


 街の周辺は魔物が少ない。なので、冒険者ギルドが意図的に種や種芋を播いている。採集依頼はそれを収穫してくる作業だが、冒険者ギルドに販売せず、自分で食べることもできるので、食いつなぐことぐらいは簡単にできるだろう。


「くっそ。俺はお説教聞きににきたんじゃねぇんだよ」


 冒険者は肩を怒らせて立ち上がった。


「お疲れさまでした。次回以降は依頼を受ける際に保険をかけておくことをオススメします。あと、剣術を学ばれないのであれば、武器を打撃系に変えてはどうですか?」


 一応、アドバイスはしておく。保険は生活保護より条件が緩いので、こういう場合でも何とかなる。剣術講習を受けていなかったら減額されるので、全部は取り戻せないだろうが、ランク落ちは防げたかもしれない。


「ちっ。素人の話は全然参考にならねぇよ。冒険者ギルドも頼りになんねぇな!」


 判断は人それぞれだが、彼の場合はまだ稼働能力を活用できる。生活保護受給にはまだ早い。


「申し訳ありません」


 頭を下げると、冒険者は肩を怒らせたまま帰っていった。


「ホンゴーさん、良いんすか? あの人、どっかで『水際作戦されたー』とか言いふらしますよ?」


 階段を降りていく足音を聞き届けてから、ハルトが口を開く。


「それは仕方ないな。我々は、世論より、人情より、ルールを守らなきゃならないんだよ。その上で、助けるべき人は助ける」


 納得しているのかしていないのか、ハルトの返事はどこか上の空だった。

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こちら冒険者ギルド生活保護課!! hisa @project_hisa

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