ケース012 引きこもり魔術士 シル1

「カッパーさんでしたか。今日はどうされましたか?」


 冒険者ギルドの受付カウンターの横には、小さな面談室がある。机と椅子を置けばいっぱいになる個室だ。

 そこに、革鎧を着た男性冒険者が座っている。脇には弓と短剣。近接戦も遠距離戦もできる軽戦士といったところか。

 僕を呼びに来たメアリーさんの話によると、カッパーさんは三ヶ月ほど前に起きた魔物の氾濫で前衛のパーティーメンバーを失い、以来ソロとして活動しているらしい。


 あの事件は、つがいの竜が街道から山二つほど離れた山で営巣し、周辺の森で魔物を乱獲したせいでおきた。多数の魔物が逃げ出し、近隣の森にあふれたのだ。

 街道や街を守るため、各地で冒険者ギルドが対応に当たり、冒険者に多数の死傷者がでた。その傷は今も癒えていない。


「実は、仲間が部屋から出てこないんです。もう氾濫の時の報酬を使い切ってしまって、今は代わりに僕が面倒を見てるんですが、昨日の依頼で失敗して、短剣に亀裂が……。

短剣を買い換えて、矢を補充したら僕の蓄えも尽きます。ここのギルド、生活保護制度ってあるんですよね? シルを助けてくれませんか?」


 メアリーさんから借りた資料をめくる。

 パーティー名は『知られざる合金』というらしい。メンバーはリーダーで前衛の重戦士ゴードに、中衛の軽戦士カッパー、後衛の風系魔術士のシルというバランスの良い3人構成で、パーティランクはC級だ。

 話の内容から、シルは生きているようなので、亡くなったのはリーダーのゴードか。


「へぇ。そりゃまた、何が原因なんすか?」


 隣に座るハルトが、興味なさそうに尋ねる。


「パーティーメンバーのゴードが、彼女の目の前で戦死したからだと思います。帰還するまでは泣きながらでも戦えていたんですが……」


 予想通りか。となると、原因は――


「――冒険者って、元々危険な仕事っすよね? 誰かが亡くなるなんて、日常茶飯事でしょ? それで仕事ができなくなるとか、その人、甘えてんじゃないです?」


 驚くべきことに、ハルトの声に悪気はなかった。


「な!」


 カッパーさんも、驚いた顔で固まっている。


「ハルトさん、黙ってください」


「いや、そうでしょ? 自分で選んだ道なんだから、それぐらいで――」


「黙れ」


 自分で思っていた以上に怖い声がでた。ハルトがギョッとして固まる。


「カッパーさん、申し訳ありません。彼は生活保護制度を学ぶために、帝都から派遣されてきて、今日が初日なんです。私から失礼を謝罪させてください」


 頭を下げる。視界の隅で、ハルトも不満そうに頭を下げている。


「シルとゴードは恋人同士だったんです。あなたは、恋人が目の前で死んでも、平然としていられますか?」


 カッパーさんは、確実にハルトに向かってしゃべっていた。自分が経験した事がない事象に対する想像力が欠けている人はけっこういる。ハルトもそのタイプで、カッパーさんの地雷を盛大に踏んでしまったらしい。


「そ、それは……すいません」


 今度はハルトも申し訳なさそうに頭を下げる。カッパ―さんが理性的で良かった。血の気の多い冒険者だったら、今頃ハルトの首は飛んでいる。


「重ねて申し訳ありません」


 再度謝罪すると、ようやくカッパーさんがこちらを向いた。怒っているのが伝わってくるが、ここで帰られてしまったら、僕らがいる意味がなくなってしまう。


「それで、シルさんについてですが、親族と連絡がとれますか?」


「無理でしょう。元々どこかの村長の娘らしいんですが、たまたま依頼で来たゴードに惚れて、反対されたので村を飛び出したらしいです。勘当されてるって言ってました」


 一応会話は成立した。カッパーさんを怒らせはしたが、まだ取り返しがつかない状態ではない。


「貯金はどれくらいあると思いますか?」


「僕の知る限り、現金は小銭程度しか残ってないかと。僕が宿に先払いしていたお金も昨日の分までで、あとは、仕事道具を売るぐらいしか手がないと思います」


 思っていた以上に詰んだ状態だ。こちらにはそういう系統の専門病院がないのでわからないが、鬱症状が出ている可能性が高い。


「五体満足なのに……」


 カッパ―さんに聴こえない程度の小声で、ハルトが呟く。こちらの世界の人間であれば仕方ないが、ハルトさんはあちらの世界で生きた人間だ。後で説教してやらないといけないかもしれない。


 鬱のキッカケは、ストレスと言われていて、家族や恋人を失ったり、生活のリズムなど環境が激変したり、人間関係にトラブルを抱えたり、経済的困窮に陥った場合に発症する。

 聞いた範囲では、シルさんの置かれた環境に大部分が当てはまるだろう。

 原因や症状は個人差があり一定ではないが、最終的に脳の血流に影響が出てしまうので、そこから抜け出すのはなかなか厳しい。


 現代病と思われがちだが、江戸時代には『ぶらぶら病』などと呼ばれていた記録も残っているので、昔からある病だ。当時は歩いて温泉まで旅行し、一ヶ月ほど温泉地に滞在して治療していたらしい。


 冒険者でも、ちょこちょこかかる者がでる病だ。


「わかりました。本人に会いに行きましょう。宿に案内してもらえませんか? あとギルドの寮に引っ越してもらう可能性もあるので、リアカーも用意していきましょうか」


 立ち上がって面談室のドアを開ける。外には、心配そうなメアリーさんが待っていた。

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