ケース011 異世界人のハルト

「ハルトっす。ホンゴーさんの部下として派遣されました」

「いや、早いな」


 謎の男が会議室を出て、10分ほど。いきなり事務室に黒髪の若者がやってきた。

 この街から皇都までは半月ほどの道のりがあるはずで、10分では絶対に無理だ。


「あ、やっぱり日本語わかるんすね。懐かしの平たい顔立ちだな~とは思ったんすよ」


 しまった。日本語で話しかけられたので、日本語で返してしまった。これは罠か?


「あ、そんな睨まないでいいっすよ。他言はしないんで」


 日本語でペラペラしゃべる若者は、どこか軽薄な気配がした。


「にしても、こっちの言葉、どうやって覚えたんです? 現地人ぽい発音で、完璧に溶け込んでるじゃないっすか」


 ここに至るまで、いろいろな経緯はある。だが、少なくとも僕はこの街で異世界人と名乗ったことはない。それがこうも簡単に暴かれるとは。


「ハルトさんこそどうやって?」


 僕に言葉を教えてくれたおばあさんは、片言ながら日本語を知っていた。つまり、こちらの世界に来た日本人は僕だけではない。それはわかっていたのだが。


「俺っちはこっちに来て皇帝陛下に保護してもらったんすけど、言葉はその時に教えてもらったんす。帝国には、異世界人保護制度ってのがあるんすよ」


 そんなものがあるなら、僕も利用したかった。これでも最初は苦労したのだ。


「僕は拾ってくれた婆さんに言葉を教わったんだ。普通にしゃべれるようになるのに三ヶ月はかかったよ」


 冒険者として思いっきり働かされたりもしたけど。


「そうなんすね。ところで、先生からホンゴーさんの下で働いて、いろいろ学んで報告しろって言われてるんすけど、何やったらいいんすか?」


 軽すぎて不安だ。


「ああ、ハルトさんには生活保護のケースワーカーをやってもらおうと思ってる」


「げ」


「げ?」


 生活保護と聞いて、ハルトさんは顔をしかめた。こんな素直な反応は久しぶりだ。馬鹿正直ともいう。


「もしかして、嫌なの?」


 聞く僕も大概意地悪なんだろうなとは思う。


「いや、そういうわけじゃないっすけど。でも、せっかく異世界に来たんすから、もうちょっと華やかなことしたいかなってのはあるっす。せっかくの異能がもったいない……」


「異能?」


 知らない単語が混ざった。こちらの世界に来て、魔術や肉体強化を使いこなす冒険者をたくさん見てきたが、異能というのは聞いたことがない。


「ああ、ホンゴーさんは知らないんすね。異世界人は、異能を持ってるケースが多いらしいんすよ」


 ちょっとワクワクする。ということは、僕にも気づいていない異能があるのだろうか?


「例えば?」


「これが俺っちの異能一覧らしいんすけど、まだこっちの文字はあんまり読めなくて……」


「どれどれ」


 見せられた手帳の箇条書きに並んでいたのは、和差積暗算、異世界語黙読、異世界料理作成、あとは強靱。


 和は足し算、差は引き算、積は掛け算。桁次第だが、暗算なんて誰でもできるだろう。あと割り算がないのは何でだ。

 黙読は黙って文章を読むことだけど、それも多分みんなできる。


 料理は美味しかったら異能だとは思うけど、そこまで驚くことでもない。


 強靱というのは何だろう? 頑丈という意味だろうか? まぁこの中では一番すごそうとは思うけど、これだけだとすごさがわからない。


「これが異能?」


 確かにこの世界、きちんと計算ができる者は少ないし、貼り出された依頼を声に出して読んでいる者がほとんどだ。こちらの世界では、異能と呼べなくもない。


「い、いや、『強靭』は本物の異能なんす。きっと異世界転移の特典チートなんす」


 言い訳にしか聞こえず、非常に疑わしい。そんなものが本当にあるなら、僕はもっと楽ができたはずだ。


「それはどちらでも良いですが、やることに変わりはありません。嫌なら帰ってもらってもうちは大丈夫ですけど、どうしますか?」


 僕の仕事を学ぶなら、ハルトさんが異能者だろうと勇者だろうと、生活保護のケースワーカーをやってもらう。それ以外は知らない。


「うーん。花がないけど仕方ないっすね〜。やるっすよ」


 何だろう。同郷という親しみやすさを超えてくる、この不安感は。

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