ケース009 元冒険者 ウィズの失踪廃止

 (主)と旧自宅前で面談。

 泥酔状態で、療養所の医師を非難する発言を繰り返す。

 黄疸、腹水の症状あり。飲酒を控えるよう指導するも拒否。

 療養所に戻るように指示するも泥酔により歩行困難。療養所まで同伴して帰所を確認。


 翌日、(主)、療養所で暴れ、衛兵隊に通報され逃亡。逃亡資金のために冒険者ギルドで資金調達を試みるも失敗。ゴブリン討伐を受託し、ウェルフェアの街の西門より出門記録を確認。


 以後十日間、(主)の街道での目撃証言および入門記録なし。ウェルフェアの街に居住実態がないと判断。失踪廃止とする。



◇◆◇◆



 ケース記録にペンを入れ、インクを乾かす。


 ウィズさんの最後の記録は、わずか数行。街の外は弱肉強食の過酷な世界なので、多分これが最後の記述になるだろう。


 ウィズさんの晩節は綺麗なものではなかった。自らの行為が招いた結果であったとしても、これで終わりなのは少し寂しい。


「お父さんの記録ですか?」


 部署の違うメアリーさんが、後ろから声をかけてくる。ここは通り道ではないはずなのだけど、なぜここにいるのだろう?


「ですね。失踪後10日たったので。でも、ケース記録にするとスカスカな感じがして、少し寂しいですよね」


「こんなもんだったんじゃないかな。実際スカスカだったし」


 メアリーさんの声に、少しだけ嫌悪感が混じる。家族間の想いに部外者が口を出せないが、家族だから無条件で面倒を見れるわけではない。


「ホンゴーさんも良かったよね。厄介なのが減って」


 人が消えて、家族の声が明るくなることもある。人生は色々だ。


「楽になったのは確かだよ。脱走しないし、お金は借りに来ないし、誰かが殴られたりもしないしね。でも、やっぱり寂しいよ。僕らは指導が役目でもあるんだけど、人ってなかなか変わらないから」


 いくら言葉を重ねても人は変わらず、依存されてかき回した末にただいなくなる。


「家族や古くからの仲間でも無理だったのに、ポッと出のホンゴーさんがお父さんを変えられたら、それはそれでびっくりしちゃうけどね」


 ケース記録のインクが乾いたので、穴を開けて紐を通して冊子に綴る。


「それもそうだ。ところで、メアリーさんは何しにここへ?」


 生活保護課は、冒険者ギルドの花形とは言いがたい職場だ。なんせ職員は二人で、相手は厄介な人が多い。

 事務室も元倉庫の片隅に机と書類用の棚があるだけだ。用事もなく花形のメアリーさんが来るような場所ではない。


「あ、そうそう。ギルマスがホンゴーさんを呼んでこいって」


 冒険者ギルド支部の長のことをギルドマスター、通称ギルマスと呼ぶ。そんな偉いさんに下っ端職員が呼び出される理由はわからないが……


「わかりました。すぐ行きます」


 上司を待たせるわけにもいかないので、席を立つ。


「そ、それと!」


 部屋を出ようとした僕を、メアリーさんが呼び止める。


「まだ何か?」


「こ、今度、一緒に食事に行きませんか? 冒険者さんと食事はしない主義だっていうのは聞いてるんですけど、同僚なら良いんでしょう?」


 思考が止まる。


 メアリーさんには浮いた話がないらしいという噂は聞いた。でもそれは、あんな父親がいたせいだろう。

 今はそんな呪いから解放されて、自由になったわけで……


 元々人気は高かったのだ。僕なんかを誘う意味がわからない。


「えーと、一応、生活保護受給者の関係者とは食事に行かない、って主義なので、えと、ごめんなさい」


 自分の目が泳いでいるのがわかって、それを誤魔化すために頭を下げる。

 失踪からまだ10日。腕利きの冒険者なら、ある日フラッと帰ってくる可能性はまだある。ならばまだ主義の範疇と言えなくもない。


「きーーーっ! あのクソ親父! いなくなってもあたしの邪魔して!」


 怒って地団駄を踏むメアリーさんが怖くなって、僕は逃げるように部屋を出た。

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