ケース008 冒険者ギルド職員 メアリーの慟哭
ウィズさんの追跡依頼を受けてくれた冒険者は、たった7人しかいなかった。しかも、すぐ街を出たのは2人で、後の5人は翌日改めて捜索にでるつもりらしい。
「う~ん。やっぱり厳しかったか」
最近のウィズさんはひどかった。入院していたにも関わらず、繰り返し抜け出して酒浸り。酒代で生活費を使い切り、僕に保護費の前借りを頼んできた。
当然断ったのだが、今度は知り合いに金をせびって回り、わずかに成功したお金を収入認定すると、激怒してつかみかかられた。
その後もあちこちでトラブルを起こし、今はもう積極的に彼を助けようとする人間はいない。元パーティーメンバーや、娘でさえ、扶養照会にはっきり拒否で返してきたほどだ。
追跡に入った冒険者も、どこまで真剣にやってくれるかは疑問が残る。
カウンターの中の依頼記録を見ながら呻いていると、受付嬢のメアリーさんが寄ってきた。
「ホンゴーさんは、あの人を探し出してどうするつもりなんですか? ギルド的には、見捨てた方が楽なんじゃないですか?」
メアリーさんは心底不思議そうだ。
「そうなんだけどね」
見つけ出せたとして、そのまま衛兵隊に引き渡されることになる。そして、アルコール性の肝炎はおそらく末期なので、この世界の医療水準ではもう長くないだろう。
放置しても山賊化することはなく、冒険者ギルドの看板にこれ以上泥を塗らずにどこかで無為に命を落とす。この世界では別に珍しいことでもないので、ギルドが非難されることもない。
「まぁ、相手で対応を変えたりはしないかな」
例え尊敬できない相手だからと、最低限のことをやらないのは違う。
「僕らは英雄じゃないから、僕が街の外までウィズさんを探しに行ったりはしないけどね」
昼間のにらむような視線は消え、楽しそうにこちらを見てくる。
「十分すぎる思いますよ? 結果がどうあれ、みんな納得すると思います。あの扶養照会? とかいう手紙が来たときは、破り捨ててやろうかと思いましたけど」
「え?」
受付時にまとめた書類がフラッシュバックする。確か、ウィズさんの娘の名前は「メアリー」だった。
はじめて、彼女の顔をしっかり見る。ウィズさんと同じアッシュブロンドの髪、目元もそっくりだ。似たパーツなのに、こんなにも容姿の印象が変わるとは、驚きしかない。
「その反応は、気づいてなかったんですね。なるほど。だからこんな近くにいるのに手紙だったのか~」
うなずきながら一人で納得しているメアリーさん。
「すいません。お父さんが行方不明なのに、無神経なことを言っていたかもしれません」
僕が謝ると、メアリーさんはクスリと笑った。
「ホンゴーさんって不思議な方ですね。仕事とはいえ、あんな父の面倒をみて私情を挟まず文句のひとつも言わないなんて」
僕も人間なので、理不尽なことをされれば盛大に文句を言っているつもりだが。
「そうですかね? けっこう言ってるかもしれませんよ?」
「ふふふ。あ、今日は緊急依頼があるから残業なんですけど、多分もうお客さんも来ないから、父の愚痴でも聞いてくれませんか?」
お父さんがアル中になって豹変し、いろいろな相手に迷惑をかけた挙げ句、犯罪者にまでなって衛兵に追われる。娘としてはこれ以上ないくらい複雑な気持ちだろう。
「用事もないから良いですよ。そのかわり、僕も愚痴りますからね」
少し心配になって、申し出を受けることにした。
「やったぁ。誰かに話してスッキリしたかったんだ。じゃあ、最近の話からしていくね。先々週ぐらいだったかなぁ。あたしを熱心に口説いてたC級の冒険者さんがいたんだけどね。お父さん、その人のところにいきなりお金を借りにいったの。ご丁寧にあたしの父親だって名乗って。ちょっと良いかもと思ってたのに、その人、それからあたしを避けるようになっちゃって――」
美人らしいモテエピソードが、父のクズっぷりで破綻してく話から、酒場のツケがメアリーさんに請求された話、ギルド内部での不正を求めて拒否した話など、ウィズさんのクズエピソードが途切れることなく並べられていく。
思っていたより軽い口調で、娘からは肉親である父親への憎しみがあふれだしていた。
「――だからね。あたしは父がこのまま見つからなければって思ってるの。お父さんが死んだら、あたしは晴れて天涯孤独の身になれるって。冷たい娘でしょ?」
いつしか彼女は、涙をこぼしだしていた。この世の中には、いろんな事情があって、その人が許容できる範囲には限界がある。
「心配しないで、っていうのも変な話ですが、ウィズさん、お酒の飲み過ぎでもう長くないと思います」
泣きすぎて化粧が乱れたメアリーさんが、僕の話に顔を上げる。
「え?」
「お酒は肝臓という臓器を酷使するんです。ウィズさんは腹水が貯まって、もう吐血までいっていたので、多分衛兵隊の取り調べには耐えられません。あなたの元にはもう戻ってこないでしょう。あなたはもう、好きに生きていいんですよ」
じわじわと、メアリーさんの濡れた顔に理解が広がっていく。
「そう、なんだ……」
メアリーさんはそれ以上何も言わず、僕の隣で泣き続けた。
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