ケース007 元A級冒険者 ジャックの就労自立

「ウィズのジジイがついに消えたんだって?」


 昼下がりに冒険者ギルド一階にある酒場にやって来たジャックさんは、面倒くさそうに腰を下ろした。

 ジャックさんも退院してからしばらくは酒浸りだったが、もう酒の臭いはしない。最近では新人冒険者を徒弟として指導し、かなり稼いでいる。


「お尋ね者になっちゃいました」


 同じ飲んだくれだったウィズさんとジャックさんで、はっきり明暗が分かれた。


「昔は荒れて失踪する話をよく聞いたが、ずいぶん久しぶりだな。ホンゴーには感謝してるよ。あんたがいなかったら、俺もあいつみたいになってただろうしな。ねーちゃん、エール持ってきてくれ」


 お礼を言いながら、流れるように酒場の店員に酒を注文する。


「はっはっは。ではお礼は自立の手続きということで」


「おう。おかげで徒弟も二十人になったしな。書類は持ってきたのか?」


 徒弟の教導役は、指導相手の報酬の10%を指導料として受け取れる。つまりジャックさんの場合、自身の報酬と合わせれば単純計算で三人分の収入ということだ。


「はい。こちらに。しっかり読んで、ここにサインしてください」


 カバンから書類を取り出して渡すと、ジャックさんは顔をしかめた。


「書類って苦手なんだよ。何書いてあるかよくわかんねぇんだ」


 元A級冒険者なのに、字が読めないのか。いや、貼り出された依頼票は読めているから、そういうわけでもない。まぁ、人間には得手不得手があるものだ。


「今回は口頭で説明しますが、だまされやすくなるので、できるだけ読むようにしてくださいね」


 この世界の契約は宣誓に近い。ただ、神に誓うだけ。しかも前世と比べるとかなり曖昧である。

 ジャックさんとかわす契約項目は、3つだけだ。


「一つ目。冒険者ギルドは、来月からの各種扶助を停止します。生計自力で立ててください。ただし、きちんと就労できているかは確認するので、三ヶ月間は収入の申告を続けてください」


 ジャックさんは少し嫌そうな顔でうなずく。


「あれ、めんどくせぇんだよ。計算なんてできねぇから誰かに頼まなきゃならねぇし」


 元A級なのに計算できないのか。まぁ、義務教育などない世界だ。それも仕方ないか。


「今までできてたんだからできるでしょう? 二つ目、今後依頼を受ける際は必ず冒険者ギルドの保険制度を利用してください」


 ジャックさんは嫌そうな表情を変えずにうなずく。


「あれ、前払いだろ? 依頼受ける時に金払うとか、意味わかんねぇ。失敗したら返ってこねぇし」


 保険制度は依頼を受ける際、報酬額の10%を冒険者側が支払う制度だ。依頼遂行中の怪我などを補償する仕組みなので、生活保護への再転落を一つ手前で止めることが可能になる。


 任意だが最近は加入が広がり、副産物として冒険者の死亡事故が劇的に減った。失敗すると丸損になるため、実力に見合わないギャンブル的な受注が減ったのだ。

 しかし、依頼人からの依頼料から税金の代理納付やギルドの運営のために30%も天引きされているのを知っている冒険者からは、反発もあったりする。


「保険に入ってたら、ケースワーカーの世話にならなくて良いし、面倒もなかったんです。仕事に怪我がつきものなのは、今回でわかったでしょう?」


「いや、ホンゴーには世話になってるし、面倒とか本気で思ってねえけどよ……」


 指の本数が減った手で、ポリポリと頭を掻く。仕事をするようになって、身なりもだいぶきれいになった。


「さて、最後です。冒険者ギルドは、ジャックさんに就労自立給付金を支払います。こちらはすでに計算を済ませて用意してあります。一応、上限額の銀貨5枚になります」


 ジャックさんは元々実力のある冒険者で、人望もあり、かつ立て直しが早かったので徒弟が集まって一気に収入が跳ね上がった。今回のようなケースは、かなり運が良い復帰パターンといえるだろう。


「え? 金を貰えるのか? する。すぐサインする」


 用意した羽ペンとインクをひったくるように、ジャックさんが書類に署名する。


「いやぁ。オーダーメイドの義手の頭金が足りなくてなぁ。助かるぜ」


 簡単にサインした。やっぱり騙されないか心配だ。


「エールお待たせしましたー。こちら、マスターからのお祝いです」


 魔物肉の唐揚げの盛り合わせが運ばれてくる。揚げたてなのだろう。ギトギトしているが、これはこれでうまそうだ。


「おっ。すまねぇな。ホンゴー、一緒に飲んでいくか?」


「すいませんウィズさんが心配なので、戻りますね」


 サインの入った書類をパタパタと乾かしてからカバンに入れる。


「はは。知ってるぜ。ホンゴーは特定の冒険者とは飲まないんだろう? ひいきしているって疑われないために」


 それはそうだ。まっとうなケースワーカーは利害関係人と飲みにいかない。


「まぁ、それもありますが、今回は本当に」


 僕の返事を無視して、ジャックさんがエールをあおる。僕はこれ以上邪魔しないように立ち上がった。


「ぷはっ。やっぱ仕事のあとの酒はうめぇな。そうそう、うちの徒弟の斥候役に、ウィズの捜索依頼を受けるように言っといたから、報酬ははずんでやってくれよ?」


 立ち去ろうとしたところに、後ろからジャックさんの声が届く。


「ありがとうございます」


 ウィズさんには人望がなく、人が集まらなさそうだったので、口添えはかなりありがたい。


 ただ、森の魔物は甘くないので、アルコールの切れたアル中患者が、半日も生き残れるとは、とても思えなかったが。

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