第14話

「あ、裕司様、こちらでしたか。華様が目を覚まされましたのでお探ししましたよ。まぁ仲のおよろしいことで」

使用人が部屋を訪れた。姿が見えないと思ったら裕司を探していたらしい。華は裕司から離れた。華の妊娠がわかって数時間、使用人達の態度は一変した。華を裕司の妻として扱い祝福している。彼らに悪気はないのだが、その全てが華の重荷になるのが見て取れた。

「俺がここにいるから。悪いけど、下がってくれるか?」

「ええ、ええ。かしこまりました」

使用人はニコニコと笑い、一礼して部屋を去っていった。使用人達の祝福の空気は裕司ですら負担に感じてしまう。華にとってはそれ以上だろう。

「ここじゃ、なければ…どこでもいい」

華が小さく呟いた。さっきの問いに対する答えだろう。裕司は華を抱えて医師の待つ車へと歩き出した。



病院に到着し、華は個室に通された。ベッドに寝かされ簡単な検査を受けている間、終始無言だった。医師も看護師も部屋を去り、裕司だけが部屋に残された。華はベッドに横になり、ぼんやりとどこかを見つめている。華のそばにより、裕司は声をかけた。

「なにかあったら連絡してくれ。今日は、ゆっくり休んで…今後のことは、また考えよう」 

華が小さく頷いた。裕司の片手が無意識に華に向う。触れる前に手を止めて部屋を出た。




裕司が自宅に着くやいなや、翠が叫びながら駆け寄ってきた。

「華は、あの子はどこなの。あんな体で、どこに連れて行ったの!」

髪を振り乱して半狂乱になっている翠を、裕司はじっと見返した。裕司が華を連れて行ける場所なんて限られている。冷静に考えればすぐに答えは出ると思うが、翠は冷静さを失っている。華の二度目の発情期から会うことがなかったが少しずつおかしくなっていたようだ。きっかけは健司の性別検査だろう。健司がベータだったからだ。アルファだのベータだのくだらないと裕司は思っているが、翠にとっては何よりも大切な事柄なのだろう。ここまで狂ってしまえるほど。

「この人を別荘に連れて行ってくれ。今すぐに」

「は、い?」

裕司はそばにいた翠専属の執事に声をかけた。彼は翠の体を支えている。

「二度言わせるな。アンタら二人でさっさと出て行け」

「何を言っているの?私は華のことを」

「裕司様。奥様もお疲れですし、後日またお話いたしましょう。そもそも、急にそのようなことを言われましても、別荘の準備もございますし…」

執事は翠の話を遮り裕司に笑いかけた。翠よりも遥かに若いが裕司よりも年上の、笑顔と物腰の柔らかい男だ。他人に安堵感を与えるであろうその笑顔を裕司は真っ直ぐ見つめ返す。

「誰に意見してる?」

執事は息を呑んだ。翠も声を殺して裕司を見ている。

「お前はこの家の、アルファの俺に楯突くのか?」

執事はすぐに目を反らした。この家には翠以外に裕司しかアルファがいない。次期当主は裕司になる。その自分に逆らうのかと、裕司はもう一度執事と翠に語りかける。

「この女は二度とこの家には入れない。華にも近づけさせない。わかったらさっさと行け」

「…奥様、お部屋に戻りましょう。車を手配します」

執事は半ば強引に翠を引きずっていった。翠はまだ何か言っていたが、裕司は背を向けて別の使用人を探した。見かけた年配の執事に弁護士に連絡するよう伝え、裕司は自室に戻る。裕司は扉の前に座り込んだ。今日一日、とても長い時間が過ぎた気がする。

華が妊娠した。子供の父親が自分だった。

裕司の両手が震える。裕司は頭を抱えた。

何よりも大切で守りたいと願っていた相手を自分自身が傷つけた。よりにもよって、あんなに怖がっていたのに。

裕司は眠れない一夜を過ごした。


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