第7話
頭の中がどろりとした何かで満たされている気がする。体を起こしたくても動けない。眠りたいのに体を揺すぶられて、華は少し目を開いた。焦ったような声が脳を刺激する。
「華、起きてくれ、病院に」
広いベッドの上、華を揺すっていたのは裕司だった。華はさっきまでを思い出した。華は裕司の腕を掴む。裕司が何に焦っているのか華はすぐに理解した。
「くすり、机の中に、」
医師に何度も頼み込んでもらったアフターピルが、華の机の引き出しに隠してある。
「あるのか!?」
「おねがい、もってきて」
「わかった、待ってろ」
本当ならこのまま受け入れるべきなのだろう。しかし、どうしても子供を産むのは怖い。まだ、オメガである体を受け入れられない。裕司が薬を持って戻ってきた。華は体を起こして受け取り、口に含む前に裕司に頭を下げた。
「…ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ、俺のほうが…ごめん。多分、ちゃんと避妊できてない」
裕司が手元にあった箱を握り潰した。ベッドに避妊具が散らばっているが、いつ使ったのか華にはまったく分からなかった。
華は薬を飲み下す。座っていられず、裕司に飲み物を預けて倒れ込んだ。発情期がきてどのくらい経ったのか。医師が二度目の発情期が来ていると診断してから、部屋を出させてもらえなかった。さっき華の部屋の扉を開けたのは健司だった気がするが、記憶が曖昧になっている。
「華。オメガの保護施設って知ってるよな」
裕司に声をかけられて、微睡んでいた頭が少しだけ覚醒する。オメガの保護施設は身寄りや番のないオメガをアルファから守ってくれる場所だ。生活の面倒を見てくれて自立支援も行っていると学校で学んだ。
「華を受け入れてくれる施設があった。あれからずっと探してたんだ。今日、話すつもりだった」
前回の発情期から、裕司はずっと探してくれていたらしい。華は再び上体を起こす。
「でも、奥様が…」
「子供、産みたくないんだろ?この家の嫁さんは、納得してくれるオメガを探せばいい。華は、華が望んだ相手と一緒になるべきだ。子供を産まない選択肢だってある」
裕司は力強く華に訴えかけた。子供を産まない選択肢。華は考えたこともなかった。健司か裕司の子供を産むことは避けられないと思っていた。まだ先代が存命の頃に聞かされたことがある。
『アルファと結ばれれば、今も霧島は生きていたかもしれない。命も生活も保証する。君はアルファと、私の息子と番になりなさい』
先代は華のことをとても可愛がってくれた。華の父と交友があったらしいことは、このときに初めて知った。保護施設に行けば先代との約束も裏切ることになる。
それから、華にはまだ心配なことがあった。華の母のことだ。華が森之宮から逃げたら、母の身に何が起こるかわからない。
「施設に行ったら華の母親に連絡を入れる。事情を伝えて住居も仕事も変えてもらう。そのための資金も渡すつもりだ」
華の不安を察したように裕司が口を開いた。裕司の言葉を聞いて、華は胸が締めつけられた。涙が溢れて止まらない。初めて発情期がきてから誰も、ここまで華のことを考えてくれる人はいなかった。
「華はなにも、心配しなくていい。華も、華のお母さんもちゃんと、守るから」
裕司は泣き出した華に驚いている。
「どうして、そんな、…ぼくのこと…」
「それ、は…」
華はしゃくりあげながら尋ねる。裕司は目を反らした。長く沈黙が続く。裕司はひとつひとつ言葉を選ぶように話し始めた。
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