第6話

華は苦しそうに胸を抑えてうめいている。

「華!どうしたんだ?!」

「くる、しい…たす、け、」

これが発情期を迎えた姿なのだろうか。なにかの病気で、苦しんでいるようにしか見えない。胸を抑える華の口から、浅い呼吸が繰り返されている。健司は扉の外に向かって大声をあげた。

「誰か来てくれ!」

使用人が数人部屋に飛び込んできた。華の体を囲み、背中をさすったり水を飲ませようとするが華は全てを拒絶した。

「これは…奥様から、発情期だと伺っておりましたが、この姿は一体…」

異常な華の姿に使用人の一人が声を上げた。医者か、それとも救急車を呼ぶべきか。健司が迷っていると華が顔を上げた。華は使用人を振り払い、ふらつきながら扉に向かって行く。止める間もなく華が廊下に消えた。慌てて後を追う。廊下に出ると、華は壁伝いにどこかへ向かっていた。苦しそうな華の腕を、健司はやっと掴んだ。

「そんな体で、どこに行くんだ」

しかし華は健司の手を振り払った。華は健司に向き直り両手で健司を突き飛ばす。健司はよろけただけだったが、華は反動で床に転がった。床を這い、華は進んでいく。華の向かう先には玄関ホールに繋がる大階段がある。外に行こうとしているのだろうか。廊下が切れて視界が広がる。階段へと繋がる手すりの柵から玄関ホールが見渡せる。階段の途中に裕司がいた。華は階段に向かっている。

「裕司!華を止めてくれ、様子がおかしい!」

裕司は腕で口元を抑えて顔を歪めている。裕司は立っていられないのか膝をついた。華だけではなく、裕司も様子がおかしい。華が這ったまま階段を降りようとして体勢を崩した。

「華!」 

健司と裕司が同時に叫ぶ。裕司が階段を駆け上がって、華を抱きとめていた。健司の方が華の近くにいたのに。元々身体能力は高かったと思うが、ここまでだっただろうか。

「発情期、まだ、来ないはずだろ」

裕司が華に問いかけるが、華から返事はない。華は裕司の首に腕を絡ませる。甘えるような華の仕草に、健司はそれ以上前に進めなくなった。

「一体どうしたんだ、華は」

漏れ出た健司の言葉に裕司は驚きの目を向けた。

「わからないのか?華のこの、匂いが」

健司は後ろを振り返った。使用人達はこの状況をどうすることもできずに見守っている。母と裕司だけが華の匂いに言及していた。使用人達は華の匂いに特別反応していない。健司自身も。

「華様はもう3日、苦しんでおられます。裕司様をお呼びでした。華様を、た、助けて下さい」

声を上げたのは、華の身の回りの世話を任されている使用人だった。裕司は華を引き剥がそうとしていた手を止めた。

「ゆうちゃん、して…たすけて」

華のか細い声が聞こえた。裕司は苦しげに顔を歪めて華を抱えて自室に向かっていった。華の発情期はこれが2回目だったはずた。前の発情期はいったいどう対処したのか。

その場にいられず、健司は玄関に向かった。第2性の検査ができる病院へ行かなければ。自分がアルファであると確定させなければならない。健司は森の中を走り続けた。

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