第5話

母から、華がオメガとして発情期を迎えたと教えられた。そのため華は学校へも行けず、部屋に閉じこもったままだ。健司が一度部屋を訪れたとき、華は顔色悪く椅子に座っていた。

「次の発情期に俺の部屋に来てほしい」

華は大きく震えると、小さく首を振った。健司の部屋では嫌なのだろうか。

「じゃあ、この部屋のほうがいいか?」

華は大きく首を振る。顔を上げた華は涙を零していた。泣き出した華に、健司は驚いた。

「どうしたんだ、華」

しゃくりあげながら泣く華に近づく。華は怯えているように見える。

「…ごめん、なさい、僕、子供、は…」

健司は華を抱きしめて背中をさすった。どうやら興奮しているらしい。落ち着かせてやらなければ。発情期を迎えたあと、華は健司の妻になる。

「う、産みたく、な…」

「オメガがアルファの子供を産むのは当然だ。まして、森之宮の家に預けられた理由を、お前自身も知っているだろう」

華が息を呑む音がした。健司は心底不思議だった。華はなぜこんなに怯えているのか。もしかしたらオメガであることに劣等感を抱いて不安になっているのかもしれない。

森之宮家の嫁という肩書は、華には荷が重いのだろう。健司は華に優しく言い聞かせる。

「森之宮家の当主である俺の子供が産めるんだ。何も不安に思わなくていい」

正直健司も、まだ子供を作るには早いと思っていた。健司も華も大学を卒業して落ち着いてから、と考えていた。しかし、今のうちから作れるときに子供を作り、産めるときに産んでもらわなければ、本格的に当主としての責務を負うころにはそんな暇はなくなっているだろう。それが当主代行である母の考えだった。母は中々妊娠せずに苦労したと聞いている。早いうちに産めるだけ子供を産ませたいのだろう。

出産の時には森之宮の妻として手厚くもてなされる。子育てもシッターに任せられる。華はただ子供を産むだけでいい。健司は体を離し、華の目をまっすぐ見つめた。

「たくさん子供を作ろう」

華の涙で濡れた瞳は、光を失っていた。



それから一ヶ月が経った。華が発情期を迎えたと母から連絡が入った。次の発情期が来るには早いが、発情期を迎えたばかりの未成熟な時期にはよくあるらしい。

健司は学校を終えて帰宅し、母の書斎へ向かった。

「おかえりなさい。さっき連絡をした通りよ。オメガに孕ませるなんて、本意ではないのだけど」

次の当主にオメガの妻を指定したのは先代、健司と裕司の父だ。母はそれを快く思っていない。選民思考の強い母にとってアルファこそが至高であり、オメガは下賤の者。それが母の信条だった。できることならアルファ同士のほうがいいのだろうが、健司は亡くなった父の意向に沿いたかった。まして他の誰かと子供を作るくらいなら、慣れ親しんだ華のほうが良い。しかし、健司の中でやはり年齢がひっかかっていた。母親になる華はともかく、まだ17歳の自分が、父親になれるのだろうか。

「母さん。やはりまだ子供は早いのでは」

「今でなければだめなのよ!」

母は突然金切り声をあげた。勢いに健司は気圧される。

「発情したオメガはアルファの本能を引きずり出してくれる。華の部屋に入れば、あとは体が教えてくれるはずです。大丈夫よ健司。あなたはアルファなのだから。今すぐに、華の部屋へ行きましょう」

母と共に華の部屋へ向かう。華の部屋が近づくにつれて、母は鼻を抑えて顔をしかめていた。

「なんて、ひどいにおいなの…健司、ここからは一人で行ってちょうだい。私は部屋に戻ります。これだけの匂いだもの。きっと大丈夫」

健司は母から鍵を受け取る。最後は自分に言い聞かせるように呟いて、健司の母は素早く背中を向けて来た道を引き返していった。華の部屋のドアを鍵を使って開ける。このとき初めて華の部屋に外から鍵がかかることを知った。扉を開けた瞬間、床を這う華の姿が目に飛び込んできた。

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