第8話
「この前も、今日も、華が望んでしたわけじゃない。いくら発情期をおさめるためでも、ピルを飲ませて妊娠しないからそれでいいってことには、ならないだろ」
それは裕司も同じはずだ。お互いに同意があったわけではない。それでも裕司は贖罪の意味も込めて華の身を案じてくれている。
「ごめん、なさい…ありがとう」
ベッドの上に置かれた裕司の手に、華は自分の手を重ねた。裕司の体は大きく跳ねたが、振り払われることはなかった。これから華はどうするべきなのか。保護施設に行くべきか。ここで、森之宮の妻として生きるのか。保護施設に行っても、行き着く先はどこかのアルファの番なのではないのか。
(僕は、どうしたいんだろう)
華は自身に問いかける。もしも華が保護施設に行ったら、裕司の言う通り森之宮には別のオメガが嫁入りに来るのではないだろうか。健司も裕司も華以外のオメガと番になるのだろう。華は裕司の手を握る手に力を込めた。
(裕司が、別の誰か、と)
おぼろげに記憶の中に残っている、互いに激しく求めあっていたあの行為を、裕司は別の誰かとするのだろうか。
「華、…どうした?」
黙り込んだ華に、裕司が声をかける。
「あ…ごめんなさい。保護施設のこと、少し、考えさせて下さい」
先代との約束と、母のこともある。華の身勝手で、母の住居も仕事も変えさせることになって良いのだろうか。
「わかった。ゆっくり考えてくれ」
華は頷いて体を横たえた。発情期の辛さとさっきの疲労で体が悲鳴を上げている。ここは裕司の部屋だ、自分の部屋に戻らなければ。そう思っているのに体は動かない。裕司の手を握ったまま、華は眠りについた。
それから数日が経った。健司の姿を屋敷の中で見ることはなく、翠もまた姿を表すことはなかった。華の部屋は鍵がかけられることなく自由に行き来できるようになった。裕司が学校から帰宅したあと、頃合いを見て部屋を尋ねる。華の部屋から大階段を挟んで裕司の部屋があり、その奥に健司の部屋がある。裕司はすぐに出迎えてくれた。
「あの、この前の話なんだけど…」
「部屋、入れ」
裕司は華を部屋に引き込んだ。裕司は扉を閉めると華をソファへと招いた。裕司は向かいの、ひとりがけの椅子に腰を掛ける。
「悪い。廊下で、誰かに聞かれるとまずい。体調、変わりないか?」
「あ、そっか、ごめんなさい…大丈夫。抑制剤も飲んでるから」
翌日診察に来た医師から抑制剤が処方された。発情期をアルファである裕司と解消しアフターピルを飲んだことを伝えると、翠に内緒で飲むようにと渡してくれた。本来なら抑制剤で発情期を管理するのだが、翠の命令で渡せなかったそうだ。はやく子供を産ませるために抑制剤を飲ませなかったのだろう。翠の、医師への命令は裕司に伝えてはいないが、彼はきっと気づいている。ただでさえ折り合いの悪い彼らに余計な火種を産んでしまった。
「行くのか?施設に」
裕司に切り出され、華は首を縦に振った。先代との約束と母の事を、何度も何度も考えた。本当は森之宮家の妻として生きていくべきなのだろう。しかし、当主ではない裕司と体を重ねてしまった。その上、森之宮家の直系の血筋である裕司の子供を2度も拒絶した。そんな華に、この家に居続ける資格はない。華が思い悩んだ末に出した結論だった。華がいなくなれば、裕司と健司には相応しいオメガを翠が見繕うはずだ。
「わかった。向こうに連絡して、日取りを決める。少し、待ってくれるか?」
「…ごめんなさい…僕のせいで、こんな…」
「華は悪くない、悪いのはこの家だ。こんな、跡継ぎを産ませるために華を囲うような真似を…俺も同罪だ。華が健司のものになるのが当たり前だと思ってた。あんなに、怖がってたなんて、知らなかった…ごめんな」
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