第4話

 夢を見た。

 目の前には扉があった。

 その扉にスライド式の鍵が付いていた。

 目線を落とすと、太ももの間から便座の上蓋が見えた。

 どうやら、ここはトイレの個室のようだ。

 トイレの床にくしゃくしゃに丸まった布が落ちている。

 これは何だろうかと、よく見てみると、それはどうやらプリーツスカートのようだ。

 濃い、紺色をしたそれは、制服であると直感する。

 そのスカートの上には、赤いスカーフが乗っている。

 

 ――知らない制服だ。

 

 花の学校の制服はブレザーである。

 誰かの忘れ物であろうかと、訝しむが、ここであることに気が付く。

 

 ――スカートを履いてない。

 

 トイレに座る自分の太ももに目をやると、下着が見えた。

 夢の中の花がそのスカートに手を伸ばす。

 一つの雫が伸ばした手の甲に落ちた。

 

 ――泣いているの?

 

 視界の端に長い黒髪が見えた。

 その髪の毛の先端から、ぽたり、ぽたりと水が滴っている。

 手の甲に落ちた水滴は、髪の毛から垂れているものだった。

 落ちていたスカートを拾い上げる。

 そのスカートもぐっしょりと濡れていた。

 それどころか、カッターか何かでずたずたに切り裂かれていた。

 辛うじて繋がっていた箇所がぷっつりと途切れ、スカートの一部が床に落ちた。

 びちゃりと水気の含んだ気持ちの悪い音がトイレの個室に響く。

 その瞬間、心の底から、絶望的な悲しみが沸き上がって来る。

 ぼたぼたと、雫が黒いローファーの上に落ちていく。

 今度は涙だった。

  

 ――どうしてこんな目に合わなきゃいけないの?

 

 気が狂いそうなほどの激情に突き動かされて、頭を激しくかきむしる。

 ぶちぶちと髪の毛が抜ける感触がした。

 喉の奥から堪えようのないくぐもった音が沸き上がって来る。

 もう、耐えられないと思った。

 夢の中の花は、声を張り上げ慟哭した。

 まるで、獣の咆哮のようだった。

 その瞬間、トイレの個室の扉から大きな音がした。

 誰かが、戸を殴りつけたのだろう。

 その音に驚き、肩を強張らせる。

 そして、地獄から響くような、恐ろしい声が聞こえて来た。

「うるせえ、叫ぶんじゃねえよ!」

 その声に身体が反応し、震えが止まらなくなる。

 ぼたぼたと涙と濡れた髪の毛から水滴が落ちる。

 必死に両手で口を押え、恐怖に耐えるために体を前後に揺らす。

 もう一度、扉を殴りつける大きな音と怒鳴り声が聞こえた。

「ここ開けろ!」

 震える手がトイレの鍵へと伸びる。

 

 ――だめ! 開けちゃだめ!

 

 花の必死の抵抗もむなしく、夢の中の彼女の手は止まらない。

 そして、つい鍵に右手が振れる。

 氷のように冷たかった。

 鍵を開けるとゆっくりとトイレの扉が内側に開いていく。

 そこには、仁王立ちする男がいた。

 その男はの目は怒りに燃えていた。

 しかし、花はに縮み上がっていた。

 そいつは、男の右後ろに腕を組んだまま立っていた。

 肩までに伸びた明るい髪。

 三日月のように歪んだ口。

 そして、心の底から花を軽蔑するような厭な目。

 その女は、嗤っていた。

 そして、その女は本当に恐ろしいことを口にした。

 

「そいつ、ヤっちゃってよ」

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