第113話 幕間 2

 戦いが終わり、ドッペルゲンガー達は思わずその場にへたり込んでしまう。


「はぁ……はぁ……やっと、終わった……」


「はぁー、もー無理……」


「もうしばらく蟲は見たくない……」


 前衛であるシオン、シーザー、ドッペルゲンガーの三人はそれぞれに愚痴をこぼして荒れた息を整える。


 ちなみに、ドッペルゲンガーも普通に疲労している。妖刀による力の制限はドッペルゲンガーにだけはかけられていた。ドッペルゲンガーの任務はあくまでツキカゲを演じる事。蟲との戦闘は二の次なのだ。


 だが、疲れているのはシオン達だけではない。後方支援組であるエンジュ、スノウ、ペルルとポルル、アルカもまた疲労困憊と言った様子だった。


「……まーじで、生きてんのが不思議なくらいの激戦だったなぁ……」


「俺の時よりマシだろ……これを魔法も武術も無しの弱っちい身体で凌がなくちゃいけなかったんだから……」


「うへぇ、それなんて地獄? そりゃ恨み節も出るわなぁ」


 声を潜めながら、シオンとシーザーは苦笑交じりに会話をする。


 シオンは深く息を吐きながら、仲間たちの顔を見やる。


「……護れて良かった……本当に……」


「だな」


「けど、きっと今回だけじゃないよ」


 緩み始めた二人に、ドッペルゲンガーは冷静に現実を突きつける。


「文字通り、世界を跨いで侵攻してくるような相手なんだ。次が無いとは考えない方が良いと思うよ」


 世界を超える力を持っているような相手だ。どれくらいの力を持っているのかは分からないけど、次は無いと楽観視できるような相手では無いだろう。


「わーってるよ! 少しでも現実逃避させてくれよぉ~」


 ぐでーっと身体の力を抜くシーザー。


「そーだぞー。今日だけでも気を抜かせてくれよー」


 言いながら、シオンも身体の力を抜く。


 二人とも山場を越えて緊張感が抜けていた。


 まぁ、その気持ちも分らないでもない。


 だが、そういう油断に付け込まれるのが戦の常だ。油断は隙だ。隙は見せるべきでは無いだろう。


 けれども、二人にとっては初めての大きな戦いだ。勝利に気を抜くのも無理からぬことだろう。


 戦いに慣れており、気を抜いていない者もまだいる。自身も警戒をしておけば、大事に至る事は無いだろう。


「はいはい。気を抜くのは良いけど、休むのはまだ先だよ。戦後処理でやらなくちゃいけない事はたくさんあるんだから」


「へーい」


「ちったぁ休みてぇぜ……」


「良いのそんなこと言って? 格好良いところ見せれば、シーザーの好きなお姉様方の好感度も上がると思うけど?」


「よし!! 俺に全部任せろ相棒!! 一から十まで全部やってやらぁ!!」


 ドッペルゲンガーの言葉で、やる気を漲らせるシーザー。


 そんなやる気の出し方を見て、エンジュは呆れたように息を吐く。


「はぁ……男子って単純」


「男子というか、シーザーだけでと思うわよ」


「あいつは真正の馬鹿だからなー」


「なー」


「で、でも、やる気があるのは良い事だと思います!」


 辛口審査の四人に対し、アルカはシーザーを擁護するように声を上げる。


「アルカは優しいわね。良いのよ、あんな男フォローしなくて」


「そうよ。邪な芽は摘んでおかないと」


 散々な評価を受けるシーザー。本人が聞いていないのが不幸中の幸いである。


「さ、私達も行きましょう。邪人間に負けてられないもの」


「そうね。前衛組と違って、まだまだ体力有り余ってるし!」


「がーんばーるぞー!」


「おー!」


「は、はい! 頑張りましょう!」


 五人も、シオン達の後を追って手伝いに向かう。


 全員、この戦いで思うところがある。未熟だと、痛感する部分も多々ある。


 けれど、反省は後で出来よう。今は、一秒でも早い復興に力を注ぐべきなのだから。



 〇 〇 〇



 王宮の一室。世界樹信教の一行に貸し出された部屋にて、ピュスティスはカインドと休憩にお茶を嗜んでいた。


 何かを手伝いたいという意志はあるけれど、世界樹信教は公賓だ。公賓に仕事を手伝わせる訳にもいかない。


 しかし、傷付いた王都を目の前にしてそのまま何もしないのは彼等の良心が痛むし、自身の矜持にも関わる事だ。


 そのため、今回の事で不安を覚えた住民への慰問を行い、その他復興のための雑務の手伝いをしている。大した助力は出来なくとも、それくらいの事は出来る。


 今は、ひと時の休息の時間。


「これでは、祝樹祭は出来そうにありませんねぇ……」


 復興の進行度を考え、ピュスティスが残念そうに言う。


「致し方ありません。正体不明の蟲の脅威に、斎火の王の襲来です。むしろ、今命がある事の方が、私にとっては不思議でなりませんよ」


「そうですねぇ。私も、馬車が横転した時は、もう駄目かと……」


「お互い、無事なによ――」


「あーーっ!! そうでした!!」


 カインドの言葉を遮り、ピュスティスが大きな声を上げる。


「……何ですか、大きな声を出して」


「ああ、申し訳ございません。ですが、大変な事実をお伝えし忘れていましてぇ……」


「大変な事実?」


「はい」


 頷き、ピュスティスは声を潜めてカインドに報告をする。


「ミファエル様の眼が、新緑色・・・でしたぁ」


「――っ!!」


 ピュスティスの報告に、カインドは思わず息を飲む。


「……それは、本当ですか?」


「はい。馬車が横転してから暫くの間は、新緑色でしたぁ。そこから、通常の碧眼に戻ってましたぁ」


「……そう、ですか……」


 ピュスティスの報告に、カインドは考え込むような仕草を見せる。


「いかがいたしますかぁ?」


「……この話、一先ず私に預けてはくれませんか?」


「? 報告はしなくてよろしいのですかぁ?」


「ええ。子細を詰めます。貴女も、気取られぬようにしてください」


「かしこまりましたぁ」


 素直に頷くピュスティス。


「ついに……」


 口内で思わず漏らした言葉は、幸いにもピュスティスの耳には届いていないようだった。


「また、戦いの日々ですね」


「? ああ。そうですねぇ」


 カインドの言葉に、ピュスティスは神妙な顔をして頷く。


 恐らく、戦いの意味は噛み合っていないだろうことは、カインドも分かっていた。

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伝説の忍び、異世界に忍ぶ 槻白倫 @tukisiro

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