第112話 幕間

 斎火の王を倒し、正体不明の蟲を倒したとはいえ、戦いは終わらない。戦闘が終わり、被害地域の復興が終わって、初めて戦いが終わる。


 無論、その後に個々人が今回の戦いに受けた心身に受けた傷も、戦いが終わった後も残る事となる。終わりとするか、続きとするかは、個々人の考え方によるだろう。


 ただ、斎火の民であるガヌゥラからすれば、斎火の王が倒された事によりその役目の全てを全うした事となり、連綿と続いた戦いに終止符が打たれたという事に他ならない。


 斎火の監視者ではなくなった。つまり、自身の存在理由が無くなったのだ。


 アステルやソニア・ワルキューレの面々と一緒にガヌゥラは王都へと戻る。


「そうか、嬢ちゃんはゴーレムか……」


「肯定」


 布の巻かれた頭について聞かれ、自身がゴーレムである事をアステルに伝えたガヌゥラ。別段隠している事では無いので、素直に全て話した。


「んじゃあ、その頭、魔法で治すって事も無理そうだなぁ……」


 魔法は万能ではない。怪我を治す事は出来ても、人の手で作られた物を直すという事は出来ない。


「腕の良い技師が居るには居るが……」


 それでも、直せるかどうか。


 アステルはゴーレムというものを知っている。それはもう、嫌という程。


 そんなアステルから見ても、ガヌゥラはゴーレムとしてはあまりにも異色だ。


 本来、ゴーレムという者にガヌゥラ程の思考能力と感情は無い。アステルの知る一体を除けば、大体のゴーレムには与えられた命令を実行するだけの機能しか備わっていない。それも、極簡単な命令だ。


 ガヌゥラは自分の考えたように行動し、悩み、葛藤する事が出来る。はたしてそれを、ゴーレムと呼んで良いものか。


「……まあ、嬢ちゃんの事は俺が何とかしてやる」


「恐縮。お気に、なさらず。これは、ガヌゥラの、不出来なので」


 ガヌゥラが至らなかったからこそ、この結果になった。予想以上に早い斎火の王の到着は、ガヌゥラの計算違いだ。ガヌゥラが自身の頭を割るはめになったのも、王都に被害が及んだのも、全てガヌゥラの失態なのだ。


 だから、そこまで気にかけてもらう必要はない。むしろ、斎火の監視者としての責務を中途半端にしかこなす事が出来なかったと叱責をされるべきなのだ。


「無茶言うなっつの! こんな状態になってるやつほっとけるかっての! ……それに、不出来つったら俺もだよ」


 バツが悪そうに頭を掻くアステル。


「結局、全部あいつのお陰だ。穴を塞げたのも、斎火の王を倒せたのも、な」


 空の穴を閉じ、斎火の王の足止め・・・をしてくれたからこそ、被害を最小限に抑える事が出来た。


 勿論、王国の騎士、兵士達も尽力してくれた。冒険者も達も駆け付けてくれた。


 全てが全てルーナのお陰という訳では無いけれど、それでも、今回の戦いの大部分を担ってくれたのはルーナだ。


 ルーナはミファエルの個人戦力。王国の戦力として属していない以上、王国の力とは言えないだろう。


 情けない事この上ない。ルーナが居なければ、蟲にしろ斎火の王にしろ、きっと王都は壊滅していた。


 助太刀しただなんて思っていない。おんぶにだっこで助けて貰ったのだ。


「情けねぇったらありゃしねぇ……」


 ルーナの姿を見た。完全に子供の背丈だった。あれだけ強い子供が何処に居ると思いながら、子供に護られた不甲斐なさと自身への憤りで感情がない交ぜになっている。


 そして、どれほど修行をすれば、どれほど戦えば、あれ程までの戦士になれるのだろうか。


 アステルには、皆目見当もつかない。


「ま、大人としての意地だ。嬢ちゃんの頭の事は俺が何とかする。嬢ちゃんは気にせず甘えりゃ良い」


「……了承。お願い、します」


「おう」


 ぺこりと礼儀正しく頭を下げるガヌゥラ。


 けれど、内心ではアステルの言葉に納得をしていない部分がある。


 ガヌゥラはもう役目を終えた。役目を終えたという事はつまり、使命が無い。この先活動する意味が無いのであれば、修理したところで意味が無いのだから。


「む」


 先の事を考えていると、前方から見覚えのある生物がガヌゥラに向かって飛び込んでくる。


 ガヌゥラはその生物を優しく受け止め、自身の肩に乗せる。


「プロクス、無事で、何より」


 ガヌゥラの言葉に、プロクスはきゅうきゅうと高い声で鳴き、友人との再会を喜ぶ。


「良かったですね」


 喜び勇んでガヌゥラの頬に自身の頬を擦り付けるプロクスを見て、プロクスを預かったアルカが笑みを浮かべる。


「預かってくれて、ありがとう」


「いえ。貴女も、無事で良か……頭、怪我されてるんですか? 私で良ければ、魔法で治療を――」


「あー、その必要は無ぇ。嬢ちゃんは、ちと事情があってな」


「そうですか。では、何かあれば言ってください。私はまだ余力がありますので」


「おう。ありがとな」


 ぺこりと一度お辞儀をしてから、アルカはその場を後にする。


「にしても、改めて見たらやべぇな、こりゃぁ……」


 外壁の外からでも分かる程に酷い惨状。


「復興にどれくらいかかるやら……」


「だね~。ま、それ以外の問題も山積みだけど」


 アステルの言葉に頷きながら、マギアスが隣に並ぶ。


「お疲れ、アステル」


「おう、お疲れさん」


 拳を突き出すマギアスに、アステルも拳を打ち付けて返す。


「いやぁ、壮絶な戦いだったね。どーよ、人形戦争の時と比べて?」


「どっちもどっちだが、まぁ、今回の方が酷ぇだろ」


 人形戦争。かつて、アステルがその名を轟かせる由来となった戦争。


 一体のゴーレムが明確な意思を持ち人間に反乱。世界各国のゴーレムを操り、人間の街に攻撃を仕掛けた、世界を相手にした戦争。それが、人形戦争。


 その戦争を収めた立役者がアステルなのだ。


「あん時ゃ数も底が知れてたし、なんなら大ボスも大した強さはもち合わせちゃいなかった。後、俺もまだ若かったな」


「僕はまだその時は学生だったねぇ。ずっと学院で原因究明で大忙しだったなぁ」


「お互い歳取ったな」


「む、まだまだ僕はぴちぴちさ! 見てよこの潤いたっぷりのお肌! もっちもちだろ~?」


「あーそーなー」


 マギアスの言葉を軽く流し、アステルは乱暴に自身の頭を掻く。


「……っし、んじゃ、いったん王宮に戻んぞ。事後報告と後詰めの準備だ」


「えぇ……僕はもう休みたいんだけど……」


「良いから来い。筆頭が来ないでどーすんだよ」


「うぅ……話し合いって頭が痛くなるから嫌いさぁ。アステルは馬鹿っぽいのに普通に頭良いしー」


「よく言われるよ、ったく。嬢ちゃんも来な。ウチのもんに見てもらうからよ」


「了承」


 ブーブー文句を言うマギアスの横に並ぶガヌゥラ。


 役目を失った自身の存在価値など分からないけれど、ひとまずはプロクスが無事で良かったと思う。


 それと、父に自身の無事もまだ報告できていない。最終的に斎火の民はこの王都に来るだろうけれど、それまでは稼働していないと駄目だろう。


 父に会うまで。それまでは、まだ稼働する意味はある。


 今は、それで良いだろう。

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