第111話 ルーナ VS フィア 2

 ルーナは左手に力を込め、フィアの大剣を握力のみで粉砕する。


「はぁ!? どういう握力してるのよ!?」


 リーシア達、ソニア・ワルキューレの面々は驚くも、他の者は驚いた様子は無い。当事者であるフィアも、ルーナに大剣を掴まれた時点で自身の負けを覚っている。


 たった少しの期間で、達人との雲泥の差を埋められる訳が無い。


 それでも、フィアは折れた大剣を握り締めてルーナに斬りかかる。


 勝てないと分かっている。自身の負けも覚っている。


 けれど、これは理屈じゃない。この想いは、理屈で制御出来やしない。


「オレが邪魔だったなら、はっきり言えば良いじゃねぇか!! お前の邪魔になる事くらい、オレだって最初から分かってたんだからよ!!」


 実力が釣り合ってないのは分かっていた。だから、必死に強くなろうとした。


 フィアにとって、ラフィだけがただ一人の家族だった。


 他の孤児達はただの仲間でも、ラフィだけは、大切な家族だった。


 弱い事は分かっていた。捨てられても、文句は言えないと思っていた。


 けれど、黙っていなくなって欲しくは無かった。それも、あんな方法で。


 涙が溢れてくる。


 自分が思っている以上に、ルーナに捨てられた事が、フィアにはたまらなく――


「では今言おう。邪魔だ」


 涙が頬を伝いかけたその瞬間、容赦のない蹴りがフィアの腹部を襲う。


「…………ぁっ!?」


 ルーナの声が聞こえた瞬間、衝撃と共に大きく吹き飛ばされるフィア。


 ろくに受け身など取れずに、フィアは無様に地面を転がる。


「フィアちゃん!!」


 慌ててリーシアが駆け寄る。


「加減はした。後は任せる」


「任せるって、貴方ねぇ――」


「まあ待てや。俺も見てたが先に吹っかけてきたのはそこの嬢ちゃんだ。あれくらいされても仕方ねぇだろうよ」


 ルーナに食って掛かろうとしたリーシアに、アステルが口を挟む。


 アステルの立場的には国側の人間。自身も助力したとはいえ、本当に最後の最後だけ。なにより、王都すら飲み込もうとしていた大爆発をかなり小規模に抑えてくれたのは他ならぬルーナだ。


「殺されないだけマシだと思いな。言っちゃなんだが、嬢ちゃんはそれだけの事をしたんだぜ? ソニア・ワルキューレさんよ」


「うぐっ……それは……はい。私の、監督不行き届きです……」


「分かりゃ結構。俺もじゃれ合い程度に認識しておくわ」


「ありがとうございます……」


 アステルの言う通り、なんらかの処罰があってもおかしくない事をした。見なかった事にしてくれるだけ寛大な処置だろう。


「……っそ……!! 待、てよ……!!」


 話がまとまった後に、血反吐を吐きながらフィアは身体を起こす。


「嬢ちゃんもタフだなぁ」


 立ち上がろうとするフィアに、感心したように声を漏らすアステル。


「邪魔なら……もう、殺せよ……!! お前、無しで……生きたって……オレは……!!」


「フィア、無理に動くな! 絶対骨折れてるから!」


 ソニア・ワルキューレのメンバーの一人がフィアを制止する。


 弱々しくも抵抗の意を見せるも、満足に力が入らない腕では制止を振り切る事も出来ない。


 どうするんだと視線で問いかけてくるアステルと女鬼。


 二人の関係性は分からないけれど、随分とこじれている事だけはフィアの反応で分かる。


 二人の視線を受けながら、ルーナは淡々と答える。


「殺しはしない。それは、仕事の範囲外だ。私の仕事は、主を作り上げる全てを護る事だ」


 そこには、間違えたやり方ではあったけれど、確かに救おうとしていたフィアも含まれている。だから、殺さない。それに、ルーナの心情としてもフィアを殺したいとも思わない。


 死んでほしくないからこそ、フィアを強くしようと思ったのだから。


「だから、殺しはしない。だが、私の邪魔をするのであれば、それも答えの内の一つになる事を憶えておけ」


 それだけ言うと、ルーナは影に沈む。


「お優しいですね、主様は」


 影の中、影女が皮肉とも本心ともとれる声音でルーナに言う。


「私が優しければ、大半の人間はお人好しになってしまうな」


 影女にはルーナの行動の意味が分かっていた。


 フィアはきっと、自身が泣いている姿を見られたくは無いだろう。それが、自身が心を許す相手だとしても。


 だから、涙を流す前に戦いを終わらせた。強引が過ぎるやり方ではあるけれど。


 それに、アステルの言う通り処罰されてもおかしくは無い行動だ。あれで手打ちに出来るのであれば安いものだろう。


「因みに、本当にお知り合いでは無いので?」


「ああ」


「うわー、嘘くさー……」


「嘘ではない」


 ルーナとして・・・・・・であれば、フィアとは初対面だ。過去を捨てたと考えれば、初対面と考えても良いだろう。暴論ではあるけれど。


「私は主への報告に向かう。百鬼夜行はそのまま復興に力を貸すように伝えろ」


「よろしいので? あまり手の内を見せたくないのでは?」


次の戦い・・・・への備えだ」


「次の戦い?」


「ああ。戦いは、まだ終わりでは無いからな」



 〇 〇 〇



 王城内ではひっきりなしに人が動き回り、あれやこれやと忙しなく仕事をこなしている。


 その中にはミファエルの兄であるガルシアの姿も在り、復興のための資材の確認や被害状況の報告などをまとめていた。


 ミファエルは与えられた客間でオーウェンとフランと共に待機するだけで、特に何もしてはいなかった。


 因みに、オーウェンの仕事はミファエルを護る事なので、オーウェンは今まさに仕事の真っ最中である。


「そう言えば、スゥを連れてこなくて良かったのですか?」


「ええ。スゥがあの場に残る事を選んだのだから、私がとやかく言う事では無いわ」


「とやかく言うべきだとは思いますが……」


 何せ、学生という扱いではあるものの、スゥはミファエルの従者だ。こう言った時、スゥがミファエルの世話をするために着いてくるのが普通だろう。


「私の事が嫌いだから、なんて態度に出ていたら考えるけれど、そういうふうにも見えなかったわ。なら、やりたいようにやらせるのも良いかなって」


「そうですか」


 確かに、ミファエルに進言する時のスゥの表情は真剣そのものだった。ミファエルが許しているのであれば、オーウェンがとやかく言うのはお門違いだろう。


 それに、護る者が少ない方がオーウェンもやりやすい。ミファエルを護る事に集中できるのであれば、いない方がありがたいとさえ思ってしまう。


 まあ、その思考が自分の弱さ故だと気付いて、そんな自分に呆れはするけれど。


 時に話し、時に思考し、そうやって時間を過ごしていると、不意に部屋の外の騒がしさに変化が訪れた。


「何かあったのかしら?」


 ミファエルが疑問を口にした直後、部屋の影からルーナが滲み出るようにして現れる。


「ルーナ!」


 ルーナの姿を見て、ミファエルは驚きつつも安堵したように胸を撫でおろす。


 ルーナが帰還した。という事は――


『無事、任は果たした』


 その言葉を聞いて、ミファエルの肩の力が完全に抜ける。


「穴を、塞いだのですか?」


『ああ』


「斎火の王も倒したのですか?」


『ああ』


「……そう、ですか……」


 言って、深く、深く、ミファエルは頭を下げる。


「ありがとうございます、ルーナ」


『問題無い。それが、私の仕事だ』


 お礼を言うミファエルに、ルーナは何でもないように言葉を返す。


「それでも、ありがとうございます。私の我が儘を聞いてくださって……」


『……我が儘だと、そう思うのであれば、強くなる道を選ぶべきだ』


 静かに、けれど、確かな説得力のある声音でルーナは言う。


『今すぐに強くなることは出来ずとも、強くなるための選択をする事は出来る。今此処で座るだけが、強くなる道かどうか、よく考えると良い』


 ルーナの言葉を、ミファエルは真摯に受け止める。


 厳しい言葉。けれど、そこには確かにルーナなりの優しさが在った。


『私やオーウェンを、上手く使ってみせろ。私も、主が後悔しないよう、全力で力を貸そう』


 ルーナも、ミファエルも、一人ではない。戦い方の幅を、もっと広げられる。


 もっと上手く、もっと強く、ミファエルを護る事が出来る。


 戦い方を更新するべきだ。


 そのためには、自分だけが強くなっては意味が無い。


「……そう、ですね。はい、まさにその通りです!!」


 はきはきとした声で、ミファエルは勢いよく立ち上がる。


「座るだけなら、誰だって出来ます!! 私、ちょっと行ってきます!!」


「は、え、御嬢様!?」


 立ち上がったと思ったら、ミファエルはそのままの勢いで部屋を出ていく。


『フラン』


「かしこまりですにゃ!」


 ルーナがその先を言わずとも、フランはミファエルの後を追う。


 オーウェンも慌てて追おうとしたが、ルーナに止められる。


『オーウェン』


「なんだ?」


『後で話がある。今後の事だ』


「分かった。夜で構わないか?」


『ああ』


「じゃあ、夜に」


 それだけ行って、部屋を出て行くオーウェン。


 一人残されたルーナは、即座に影の中に入り込む。


 かつてないほど大きな戦いは幕を閉じた。けれど、それは次の戦いの予兆に過ぎなかった。


 休んでいる暇はない。戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る