第110話 ルーナ VS フィア 1

 斎火の王を退ける少し前、蟲の残党全てを倒しきった王都の精鋭達は、次の戦いに備えて即座に思考を切り替えていた。


「負傷者の治療を優先しろ!! 各隊は部隊の損壊の報告!! まだ余力のある者は要救助者の確認を!!」


「腕に自信がある者だけ斎火の王の討伐に加勢しろ!! 数合わせは必要無いからな!!」


「誰でも良いから回復魔法使える子はこっちに来てちょうだい!! 手が空いてる子も手伝って!!」


 戦闘が終わっても、戦い・・が終わった訳では無い。


 後に控える斎火の王。加えて、死傷者が出なかった訳では無い。


 怪我人の治療、街の損壊状況の確認。継戦出来る戦力の把握などは急務である。


「あ、あれ? フィアちゃん? ねぇ、誰かフィアちゃんの姿見なかった?」


 ソニア・ワルキューレのリーシアも、パーティーの状況を確認しようとしたけれど、その中でフィアの姿だけが見当たらない。


「あの突進女ならとっとと斎火の王の方に向かったぞ」


 通りすがりに、女鬼がリーシアに告げる。


「は!? なんで!?」


「知るかよ。まぁ、用が在んのは斎火の王よりも、うちのボケカス主の方だろうけどな」


 言いながら、女鬼は斎火の王の方へと歩く。


「ちっ、美味しいとこばっか持って行きやがって。今から行っても間に合わねぇじゃねぇか」


 愚痴をこぼしながら、女鬼は歩く。


 その少し後に、斎火の王が大爆発をした時は肝を冷やしたが、ルーナが陰を斬れる事を知っていたために直ぐに平静を取り戻した。なんだかんだで、ルーナの実力だけは信用しているのだった。





 フィアがルーナの元へと向かった理由は単純明快。


 ルーナをぶっ飛ばして、再度自分のモノにするためだ。


 そのためだけに腕を磨いて来た。


「オラァッ!!」


 大剣に炎を纏わせ、怒涛の勢いで攻め立てるフィア。


「やっぱり死んで無かったなァ!! そーだよな!! お前が、あの程度の奴らにられるはずがねぇからなぁッ!!」


「誰と勘違いしているか知らないが、人違いだ」


 大剣を振るうフィアに対して、ルーナは百鬼夜行で捌く。


 フィアの攻撃を捌きながら、ルーナは密かに困惑していた。


 自分は顔を晒していない。そして、斎火の王と戦う前に会ったけれど、その時も影を纏っていた。ラフィルーナだと分かる要素は無かったはずだ。


 それなのに、フィアはルーナがラフィであると確信している。


 ルーナの強さを知っているフィアが、ラフィの死を疑うのは理解できるけれど、こうも的確にルーナと見抜けるとは思っていなかった。


 ともあれ、原因の究明は後回しだ。今は、この状況をどうにかするのが先決だろう。


 フィアはルーナと戦う気満々だけれど、ルーナにはフィアと戦う理由が無い。まったくもって、無駄な戦闘である。


「うるせぇッ!! そいつは、てめぇを倒してその邪魔なもん全部ひっぺがしゃあ分かる事だ!!」


 苛烈になる攻撃を、しかし、ルーナは簡単に捌いていく。


「おーおー、血気盛んだねぇ……。止めるか、懐刀?」


 遠巻きに見ていたアステルが助け舟を出そうとするが、ルーナはそれを片手で制止する。


「問題無い。……そういえば、総兵団長」


「あ、どした?」


「私の功に報いる気が在るのであれば、私の姿については他言無用で頼む」


「そいつは構わねぇが、良いのか? もっと大きく出ても良いんだぜ? これだけの事をやってみせたんだ。金でも物資でも、融通利かせられると思うぜ」


「必要無い」


「そーかよ。欲の無ぇ奴だなぁ」


「っんの野郎!! 真面目に戦いやがれ!!」


 フィアの攻撃を捌きながら会話をするルーナに激怒するフィア。


 フィアは強くなったと思う。今回の修羅場を超えて、戦いながら更に強くなった。


 けれど、ルーナとフィアの間には雲泥の差がある。その差は一朝一夕で埋まるものではない。


 今のフィアの相手など、片手間で充分だ。


 それが、ルーナのフィアへ対する意思表示。


「なんだ、面白れぇ事やってんじゃねぇか」


「ちょ、ちょっとちょっと!! 何やってるのフィアちゃん!!」


「うわぁ……あれ、ガチで戦ってる? あんだけ戦ってまだ戦うとか……ようやるわぁ……」


 女鬼と一緒にソニア・ワルキューレの面々が駆け付け、女鬼は面白そうにその状況を眺めるけれど、ソニア・ワルキューレの面々は、恐らくは今回の功労者であろう者と戦うフィアを止めようと動く。


 が、そんなソニア・ワルキューレの面々を女鬼が止める。


「おいおい、止めてやんなよ」


「そうもいかないでしょ! フィアちゃん! こら、やめなさい! なりふり構わず人を襲っちゃダメって言ったでしょ!」


「うるせぇッ!! 外野はすっこんでろ!! こいつは、こいつだけは絶対ぇぶっ飛ばす!!」


 その眼に在るのは怒りの感情。そして、確かに見せる執着。


 フィアの怒りの熱に呼応するかのように、攻撃の速度が上がる。


 しかし、ルーナはその速度に飄々とした様子で対処する。


「私とお前は初対面のはずだが」


「とぼけんのも大概にしやがれ!! お前はラフィだ!! 誰が間違えようが、オレが間違える事はねぇ!!」


 フィアの言葉を聞いて、リーシアは困惑したような表情を浮かべる。


「ラフィって……フィアちゃん、あの子はもう死んだのよ? 死体も、確認したでしょ……?」


 言いづらそうに、リーシアはフィアに言い聞かせるように言う。


「ラフィはあんな雑魚共にられるような雑魚じゃねぇ!! 誰よりも、オレが一番ラフィと一緒に居たんだ!! 誰が分からなくったって、オレがお前を間違えるはずがねぇ!!」


 感情的になった攻撃を、ルーナは百鬼夜行を持っていない左手で白刃取りにする。


「なっ!? フィアちゃんの一撃なのよ!?」


「うわぁ……」


「斎火の王と渡り合える人って、あれくらい出来て当然なのかな……」


 驚いた声を上げたのはリーシアとその仲間達。陰を纏っていて細かいところまでは分からないけれど、ルーナが片手でフィアの一撃を止めた事は理解できている。出来ているからこそ、その行動に驚きを隠せない。


 しかし、大剣による一撃を片手で止められたにも関わらず、フィアに驚きの色は無い。


 それくらい、ルーナであれば出来て当然だと分かっているからだ。


「なんで……なんで、置いて行きやがった……!! それも、あんなくだらねぇ真似してまで……!!」


 フィアが大剣を押し込もうと力を込めるけれど、ルーナに掴まれた大剣はびくともしない。


「オレは、お前が言えば、何処にだって……!!」


 真っ直ぐに、フィアはルーナを見据える。


「お前さえ居れば、オレは……!!」


 フィアにとっては、あの毎日が楽しかった。


 ずっとそうしていられたら良いと思う程には、楽しい毎日だった。


 例えその先の人生に、今日みたいな山場が無かったとしても、そこから二人だけじゃ無くて、多くの人と一緒に生きるようになったとしても、きっとラフィと二人なら楽しかった。


 フィアには、それだけで良かったのだ。


「……」


 置いて行ったのは、ルーナだ。それを勝手に決めたのも、ルーナだ。


 フィアの気持ちを考えず、フィアに打ち明ける事もせず、勝手にフィアの元を離れた。


 きっと二人の事実を知っていれば、誰もがルーナが間違えたと言うだろう。その自覚は、ルーナにもある。


 だが、言い訳をさせて貰えるのであれば、ルーナはその生き方しか知らない。


 いつも、いつだって、何かを、誰かを切り捨てて生きて来た。自分の損得も関係無く、切り捨てた。


 ルーナは、そんな生き方しか知らないのだ。


 両方を選ぶという器用さを、ルーナは持ち合わせていないのだ。


 ミファエルを本気で護るのであれば、ルーナは忍びとして生きざるを得ない。そんなふうにしか、生きてきていないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る