第109話 決着、そして――

 陰斬りは非実体を斬るのに適した技だ。


 そもそも、陰斬りを編み出した経緯が陰を斬るためだ。非実体を対象にした技と言うのは説明をしないでも分かる事だろう。


 しかし、だからこそ優先されるのは威力よりも精度だ。


 勿論、要求される速度と威力も高い。使用者の地力が試される技でもある。


 しなやかであり、強かであり、速く、遅すぎず、正確に陰を捉えた斬撃。まさに、剣聖の域に達した者のみが扱える一太刀である。


 陰斬りに斬れぬものは無く、ルーナの必殺の一太刀でもあった。


 それゆえに、陰斬りを多用していたけれど、斎火の王とは相性が悪い。


 魔力渦巻く炎の身体を断ち切る必要は無い。斬る必要があるのは実体を持つ核だけなのだ。


 つまり、陰斬りである必要は無い。最高速度、最高威力の斬撃で核を破壊すれば良い。先程、アステルがやってみせたように。


「総兵団長。核が頭、首、胴、両手両足の七ヵ所に在る。炎の身体は斬っても意味が無い」


「そいつぁ見りゃ分かる。みるみるうちに再生しやがってよぉ。ヒドラもびっくりの再生能力だぜ」


 炎の霰を掻い潜り、熱線を断ち切りながら、二人は射線が王都に行かないように立ち回りながら戦う。


「七つの核全てが相互助力関係にある。一つ潰しても今のように再生する」


「完全再生までどれくらいかかる?」


「一、二秒」


「はっ! んじゃあ秒で回復する前に全部ぶっ壊しゃ良い訳だ!」


「ああ。あの技を二秒の間に何度放てる?」


「あー……三発ってとこか? 実際にやってみねぇと何とも言えねぇが」


「問題無い。では、総兵団長が三つ、私が四つ斬ろう」


「場所は?」


「首と両手は任せる。頭と胴、両足は請け負おう」


「合図はどうする?」


「好きに始めろ。合わせる」


「はいよ! ほんじゃま、行きますか!」


 同時に、二人は別々の方向へと別れる。


 即座に、アステルが大剣を振るう。


「お、らぁッ!!」


 大剣から放たれる斬撃は、炎の霰も熱線も巻き込んで斎火の王の身体を斬り裂く。


 その流れに乗ってルーナも即座に斬撃を放つ。


 幾ら核が移動すると言っても、限度がある。そして、二人は最高峰の剣豪である。


 アステルの三度放たれた斬撃は、確実に核を破壊する。


 それと同時に放たれたルーナの斬撃も四つの核をたった二振りで斬り裂く。今までの攻撃で消耗していたのか、それでルーナが持っていた刀は折れてしまった。


 だが、二人の攻撃が正しく核を両断した瞬間に、斎火の王の動きが止まる。同時に、放たれていた全ての攻撃が停止する。


「おっ、終わりか? なんだ味気ねぇな」


「……」


 斎火の王の最後にしてはあまりにも呆気無い。思わずアステルがこぼすも、ルーナはその呆気無さに違和感を抱いていた。


 驚く程の巨躯。核を全て破壊しないと止まらない機構・・。炎の霰と熱線。巨大な拳による近接攻撃に加え、七つの核から出現する七体の炎のドラゴン。


 それら全ては確かに脅威だ。軍一つ壊滅に追いやっても不思議ではないだろう。だが、倒せない訳では無い。


 その時代にどれだけの猛者が居たのかは分からないけれど、少なくとも、ルーナとアステルの二人で倒す事は叶った。


 二人と同じまでの実力を持つ者はそうはいないけれど、アステルと並ぶ実力者として、マギアスとアルカイトが存在する。それ以外にも、王国には腕の立つ騎士が居る。


 王国の現戦力を考えるに、勝てないという可能性は低い。どちらかと言えば、勝てる可能性の方が高いとルーナは踏んでいる。


 全ては結果論。けれど、違和感がある。


 過去に斎火の王と戦った国は、本当に斎火の王に負けたのだろうか?





 静謐な部屋の中、安楽椅子に座る青年は溜息を吐く。


「やはり、あれ・・は失敗作だったか。一度であれば偶然も考えられたが、二度となれば必然だろうな」


 静かに吐き出された言葉に、室内に居た青年の付き人が青年に言葉を返す。


「失敗作、と言いますと、斎火の王の事ですか?」


「ああ。斎火の王は殲滅力こそ高いが、防御力があまりにも低い。核の相互補完があるが、同時に壊されてしまえば補完も意味は無いからね」


 まるで斎火の王の全てを知っているような口振りの青年。けれど、付き人はその口振りに驚く事は無い。


「だがまあ、それでも斎火の王は強い方だ。倒せる者もそうはいない。今回は、相手が悪かったと見るべきだろうね。何処の誰だかは、知らないけれど」


「残念ですね。もし生きていれば・・・・・・、声をかけられましたのに」


「そうだね。まあ、仕方ない。勿体無いけど、諦めるとしよう」


 青年は安楽椅子に深く背中を預ける。


「パーファシール王国。何度か脚を運んだ事があるけれど……うん、とても良い国だったよ。だからこそ、残念で仕方が無いよ」





 核が全て破壊された斎火の王は、そのまま熱を冷まして消滅する――かのように思われた。


「――ッ!! なんだ、こりゃぁ!?」


 突然の膨張。熱量が高まり、周囲を押し退けるように圧が広がる。


「うわぁっちょ!? これやばくない!?」


 慌てた声を上げながら、遠くでマギアスが巨大な魔法の盾を作る。それに追随するように、悪魔も魔法の盾を作り上げる。


 それは、あまりにも巨大な爆発。


 膨張した熱量が突如として堰を切ったように広がり、熱と暴風、衝撃波が広範囲に広がる。


 誰もが慌てふためく中、ルーナだけは冷静に状況を観察していた。


「そうか。これ・・か」


 斎火の王は、攻略不可能な強さでは無かった。恐らくは、全滅したという国も勝ったのだろう。


 けれど、全滅した。その答えが、目の前の光景だ。


 臨界点を超え、斎火の王が破裂する。衝撃、轟音、熱。全てを焼き尽くす程の大爆発が起こる。


 大爆発これこそが、斎火の王の最後の攻撃。この大爆発で勝利を無かった事にされたのだろう。


 思えば、斎火の王の順路の近くに巨大な湖が在った。その湖も、この爆発の名残なのだろう。斎火の王に挑んだ国が在った場所と斎火の王への最短距離上に在る事からも、その説が有力だろう。


 この爆発の威力ならば、王都も無事では済まないだろう。


 なんて、爆風にさらされながら呑気に構える。


「悪魔。百鬼夜行を飛ばせ」


 爆風に飲まれる程の声量。しかし、悪魔は十分に聞き届ける事が出来た。


「ぶっとべおりゃあ!!」


 魔法で百鬼夜行を飛ばす悪魔。


 飛ばされた百鬼夜行は寸分違わずルーナの元へ到達する。


 飛んできた百鬼夜行を見もせずに掴み、勢いそのままに一閃。


 爆風も、熱風も、威力も、押し寄せる何もかもをたった一太刀で斬り捨てる。


 その様子を見ていたアステルは、呆れたような顔で言う。


「ま、陰が斬れて、爆発これを斬れねぇ道理はねぇわな……」


 ルーナの一閃により、爆発の勢いが目に見えて減衰する。


 爆発の威力の中心点を斬り裂いた。故に、最初の爆発の威力しか外に漏れる事は無く、被害は最小限に抑える事が出来た。


「嘘ぉ……もう、なんなんだよあいつ……」


 必死に護ろうとしたマギアスが、脱力したように声を漏らす。


 マギアスやアステルにとっては危機だった事も、ルーナにとっては朝飯前の出来事だった。


 これで、本当に終わった。


「一件落着だな。では、私は戻らせてもらおう。事後処理は任せ…………血気盛んな奴だ」


 陰を身体に纏いながら、ルーナは振り返る。


「ラァァァアフィィィィィィイイイアアアアアアアアアアアッ!!」


 超速で迫る大剣に炎を纏わせた戦士。


 渾身の斬撃を、ルーナは百鬼夜行で受け止める。


 目を血走らせ、炎の大剣を持つ戦士――フィアはルーナを睨みつける。


「ぶっ殺す!!」


 不本意ながら、最終戦が始まってしまった。

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