第108話 ルーナ VS 斎火の王 4
何度も斬った。何度も見た。
だからこそ、相手の弱いところや強いところがはっきりと見えてくる。
斎火の王は強い。けれど、無敵ではない。
ルーナが斎火の王の中で怪しいと感じる七ヵ所。仮にそこを核としよう。
核を斬った時に確かな手応えを感じた。
炎の身体は非実体だろうけれど、核は実体だった。
確かに斬れた。けれど、核は未だ七つ揃っている。
現状を鑑みるに、一つずつ潰していく方法では駄目なのだろう。
試しに陰斬りで核の一つを斬ってみれば、破壊された核はみるみるうちに回復していく。いや、回復というより、修復と言った方が正しいだろう。
巨体を構成する炎の奔流で見辛いけれど、若干ながら存続している核から破損した核への魔力の流れが見えた。ただ、本当に目を凝らさないと見えない程の流れだ。
存続している核が、破壊された核を修復している。核が一つでも残っていれば、瞬く間に修復されてしまうという事だ。
核の修復速度は凄まじく、ものの一、ニ秒で修復が完了してしまう。
つまり、一、二秒の間で核を全て破壊する必要がある。
その上、斎火の王からは絶えず攻撃が繰り広げられている。炎の霰、熱線、近接、そして――
「新手か」
――核のある位置から、七体の炎の
七体の炎のドラゴンは、熱線を放ちながら一斉にルーナへと迫る。
斎火の王から放たれる熱線程では無いけれど、直撃すれば命の保証は無いだろう。
全てを避けながら七つの核を一、二秒の間に全て破壊する。
更に言えば、炎の身体は非実体だけれど、犇めく魔力の量があまりにも多い。正確無比なルーナの太刀筋が、歪められるほどに。
ルーナは遠当ての要領で陰斬りを離れた相手に当てている。
だが、実際に刃が通っていない以上、実際の斬撃よりも威力も精確さも劣ってしまう。
そのため、ルーナの陰斬りが斎火の王の体内を渦巻く魔力の流れに負けてしまい、正確に核を捉える事が出来ないのだ。
それに加えて、斎火の王の巨躯も問題だ。頭から脚まで、陰斬りの斬撃範囲の限り限りなのだ。
戦えば戦う程、難易度が上がって行く。
絶え間ない攻撃。決着のためにかけられる時間は最大で二秒。陰斬りの通りが悪い魔力渦巻く炎の巨躯。
それら全てを突破しない限り、ルーナに勝ち目は無い。
迫る炎のドラゴンを陰斬りで倒しながら、ルーナは勝機を模索する。
「おーおー、楽しそうな事してんじゃねぇか」
爆音だらけの戦場に呑気な声が通る。
声の方に視線をやれば、そこに立っているのは一人の男。
身の丈程の分厚い大剣を背負い、特注の鎧に身を包んだ大柄の男。この国において、その者を知らない者はもの知らぬ赤子くらいだろう。
パーファシール兵団総兵団長アステル・クリントは、獰猛な笑みを浮かべて戦地に立つ。
「俺も混ぜろよ、嬢ちゃんの懐刀」
ルーナが斎火の王の倒し方を模索している間、王都の戦いに終わりが近付いていた。
増援は無く、空の百足もドラゴンが面倒臭がりながらも抑えてくれている。
人型の蟲も女鬼達熟練の戦士の敵ではない。
戦況を見下ろしていたマギアスはひとまずは安堵する。
「こっちはもうなんとでもなりそうだね。問題は……」
「あのでっけぇのだなぁ」
蟲が強力な群れの脅威だとすれば、斎火の王は強力な個の脅威だ。
ルーナも強力な個だけれど、勝てる確信が無い。
そろそろ、頃合いだろう。
もしかしたら、死んでしまうかもしれない。自分の判断で、歳の離れた友を此処で失ってしまうかもしれない。
けれど、自分は筆頭宮廷魔法師だ。必要な時に、必要な判断をしなければいけない。
斎火の王に多勢は悪手。最強の個をぶつける必要がある。
半端な者は必要無い。最初から最上の一手を打つ。
マギアスが拡声の魔法を使い、王都の守護をしているアステルへと声を飛ばす。
「アステル!! 巨人狩りの時間だよ!!」
王都中に響かんばかりのマギアスの声。それを聞いたアステルはにいっと獰猛に笑みを浮かべる。
「後は任せたぞ」
「はい。御武運を、団長」
「おう」
部下に残りを引き継ぎ、アステルは蟲達を薙ぎ払いながら群れを突破し、壊された外壁の隙間から外へと出る。
ずっとうずうずしていた。
戦いながらも、大穴の方には注意を払っていた。
継続的に響く砲弾の音。マギアスの魔法との衝突音。そこから、地面を抉る音。
それが、ある時砲弾の音の後に硬質な物を叩き割る音に変わった。
マギアスの魔力は感じ取れた。何かが起きた。何かを起こした者が居る。
その後、再度展開された結界を破壊する程の攻撃の余波の後、確かにアステルは見た。
空に開いた穴を、一太刀で閉じる者の姿を。
自身が生きた中で見た、最高の一太刀。
我知らず、心が高揚した。これほどまでに手合わせを願いたいと思った相手は初めてだった。
その技を、その身体捌きを、間近で見てみたいと、そう思った。
だが、自分は組織に身を置いている。それも、その組織の頭だ。勝手に場を離れる訳には行かない。
けれど、マギアスからお達しがあった。戦えと。
であれば、戦うだけだ。
相手が斎火の王と知って面食らうのは一瞬。過去最強の大物だ。不謹慎だけれど、こんな機会でなければ相手に出来ないだろう。
「おーおー、楽しそうな事してんじゃねぇか」
常軌を逸した身体捌きで攻撃を避け、すかさず反撃をする者を見て、ああこいつかと悟る。
報告に在った、ミファエル・アリアステルの護衛は、きっとこいつだろう。
「俺も混ぜろよ、嬢ちゃんの懐刀」
大剣を構えながら、アステルは自身に迫る熱線を
その斬撃の線上に在った斎火の王の炎の身体が両断される。
それは、ルーナの陰斬りに近いものだった。
「っと、こんな感じか? いや、ちと違ぇか。おい懐刀! もう一回さっきのやつ見せてくれよ!」
「……」
「無視する事ぁ無ぇだろ! なぁ、頼むよ~」
無視、というよりは、絶句と言った方が正しい。
姿を隠している時は無駄な会話をしないという事を信条としているので、あまり相手と必要以上に言葉を交わさないようにはしているので、常のルーナとして無視は正しい行為だ。
けれど、今回に限っては絶句の方が強いだろう。
ルーナが陰斬りを習得するのに丸一年かかった。手応えを掴み始めたのも後半辺りだ。
それを、たった一振りでこつを掴まれてしまったのだ。
自分がどれだけ鍛錬したと、いやなんで見ただけでそこまで、そもそもアステルも鍛錬しているのだろうけれどうんぬんかんぬん。
一瞬で思考し、思考を放棄する。
今の最重要項目は斎火の王の討伐。それ以外は些事だ。
アステルに自身の本当の身長や体格などを知られてしまったけれど、斎火の王を前にそこまで気にする余裕は無い。
「いや、今は
「あ? どーいうこった?」
アステルの先程の一撃。陰斬りに近いものだったけれど、完成された一撃ではない。
あと一回間近で見せて、何回か剣を振れば、アステルであれば習得する事が出来るだろう。あの穴がもう一度開いても、アステルさえいれば簡単に閉じる事が出来るようになる。
が、それは先の事であり、アステルは陰斬りをまだ未収得だ。
しかし、ルーナに焦りは無い。むしろ、余裕すら生まれている。
何故なら、アステルの先程の一撃で核を破壊する事が出来ていた。勿論、即座に修復されていたけれど。
アステルの太刀筋であれば、炎に飲まれずに核を破壊できる。
それだけ分かっていれば十分だ。
「力技で攻める」
「ああ、なるほど。簡単で良いじゃねぇか!!」
脳筋、此処に極まれり。
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